三神さんが、蓮の態度で気を悪くしていないか心配だ。
 隣の部屋の人とは、適度な距離を保っていたい。親しくなり過ぎるのも、逆に険悪になるのも避けたかった。
 そんなことを頭の片隅で考えながら、蓮にミドリと手紙の事を説明した。

「あいつ……やっぱり信用出来ないやつだったな」

 一通り話し終えると、蓮は大きな舌打ちをした。
 蓮も私と一緒に、ミドリの嘘を聞かされ騙された訳だから、怒りも大きい。
 それと同時に、ミドリの兄と雪香の関係にも苛立っているようだった。

 嫉妬している訳では無いと思う。蓮は雪香に普通に幸せになって欲しかったんだと思う。
 姿を消して、逃げ回るような暮らしを送るのではなく、誰からも祝福されるような……そんな普通の幸せを掴んで欲しいと願っていた。

 不意に雪香と最後に交わした会話を思い出した。
 全てを捨てると、もう戻らないと、決意の滲む声で言った雪香。
 あの時、聞こえて来た鐘の音を雪香はどんな気持ちで聞いていたのだろう。
 あれは雪香にとって、祝福の音色だったのだろうか。

 沢山の人を傷付け、今迄築いて来たものを何もかも失う代わりに、想い合っている相手と一緒に生きていく。
 それで本当に幸せと言えるのだろうか。
 今、雪香は満足しているのか、それとも後悔しているのか。
 何も分からない。それに自分の雪香に対する気持ちも、分からなくなっていた。
 恨む気持ちは、まだ残っているけれど、それとは別の何かを感じる。
 はっきりとは言葉に出来ない思いが、いつも胸の中に有った。


 翌日、仕事を終えるとすぐにミドリとの待ち合わせ場所に向かった。
 場所は私が決めた。会社から徒歩で十分程の何度か入ったことのある喫茶店だ。

「お待たせ」

 先に待っていたミドリに近付き声をかけると、ミドリは初めて私に気付いたかのようにビクッと体を揺らして顔を上げた。

「どうしたの?」
「ちょっと考え事をしていた……もうこんな時間だったんだな」

 彼は時計に目を遣りながら、後半は独り言の様に呟く。かなり前から待っていたのだろうか。

「話って何?」

 ミドリの前の席に座って前置きなく切り出す。

「先に注文しよう。落ち着いて話したい」

 確かに何も頼まない訳にはいかない。
 ミドリはコーヒーとスパゲティ。私がアイスティーを注文する。

「何か食べないのか?」
「お腹空いてなくて」