蓮にもメリットがある。雪香が偽名で付き合っていた相手が接触して来て、手がかりが掴めるかもしれないからだ。
 そんな相手と接触を持ちたくないのが本音だけど、どうせ来るなら蓮と一緒の時に来てもらった方が安全。誤解も解きやすいと考え直した。

 今日も仕事を終え会社のビルを出ると、不機嫌そうな表情の蓮が待っていた。

「遅い!」
 
 私の姿を視界に入れた途端、乱暴な足取りで近付いて来る。

「残業だったから。だいたい約束してる訳じゃないでしょ?」

 素っ気なく言うと、蓮は鋭い目で睨んで来た。
 本当にこの目止めて欲しい。表には出さずに済んでいるけど、はっきり言ってかなり怖い。
 毎回心臓がドクンと跳ねてしまう。それなら怒らせなければ良いのだろうけど、蓮とは相性が悪いのか、すぐに憎まれ口を叩きたくなるのだ。

「毎日迎えに来てるんだから、言わなくても分かるだろ?」

 毎日来てるからこそ、急な残業が有るって分かりそうなのに。
 内心そう思ったけれど、今度は口に出さずに黙っていた。

 蓮は私の腕を掴むと、側に止めてある車に連れて行く。車は勢い良く発進し、スピードに乗り始める。

「ねえ、道違うんじゃない?」

 いつもとは景色が違う。蓮は悪びれもせずに言った。

「今日はリーベルに寄る」
「は? じゃあ私は帰るから下ろしてよ」

 なんで私の了解も得ずに行き先を決めるわけ?

「夕飯なら店で食べれはいいだろ」

 そんな問題じゃないんだけど。


 リーベルに着くと、蓮は適当に寛いでろと言い残し、奥のスタッフルームに消えて行った。
 適当にって言われても、馴染みの無い店で寛げる程私の神経は太くない。
 身の置きどころに悩みながら、結局カウンターの一番端の席に座った。

 手持無沙汰で、店の中を観察した。
 相変わらず店の雰囲気はは良く、客の質も悪くない。
 雪香の付き合っていたというたちの悪い相手とやらは、この店には居ない気がした。でもそれならどこで知り合うのだろう。

 疑問に思っていると、カウンターの中から声がかかった。

「蓮さんから食事を出すように言われてます。何にしますか?」

 私と同年代か少し下かと思われる少年の様な雰囲気の店員が、感じの良い笑顔を浮かべながらメニューを差し出して来た。

「あ、ありがとう……」

 そういえば、夕飯は店でとか言っていたっけ。
 変なところは気を使うんだなと思いながら、メニューを受け取り目を通した。