蓮とミドリに強気な発言をしたけれど、見知らぬ誰かに恨まれているのかもしれないのは怖かった。本当は味方が欲しい。でもあの二人に心を許せないし他の誰にも頼れない。

 雪香は何を考えていたんだろう。偽名を使って他人を騙すなんて。とても危険なことなのに。
 あんなに恵まれた生活をしていながら、破滅的な行動を取った理由が分からない。
 蓮との関係はなぜか上手く発展しなかったみたいだけれど、それが原因とは思えないし。
 ミドリの兄との関係はどうなったのか……今一緒に居るとして、、雪香の気持ちはどうなのか。

 しばらく考えて、それ以上先を考えるのを諦めた。
 いくら思い悩んでも、雪香の気持ちなんて分からない。
 誰よりも濃い血で繋がっているはずなのに、何一つ共感出来ないのだから。
 たった一つの共通点と思っていた、直樹への恋も偽りだった。

 ……直樹、今頃どうしているだろう。
 今日聞いた話は、直樹には言えない。
 私を裏切った直樹を憎んでいるはずなのに、真実を知って直樹が傷付く姿を見たくない。
 自分の中に、矛盾した二つの感情が有る。

 白い息を吐きながら、星の無い空を見上げる。
 私も雪香も直樹も、この先どうなって行くのだろう。先の見えない不安に、押しつぶされそうだった。


 ミドリと会ってから、半月が経った。
 その間、私は常に不安な気持ちを持ちながら生活していたけれど、徐々に緊張感を失ってきていた。
 といっても、何も変化が無かった訳ではない。

 アパートの隣室に新しい住民が引っ越して来た。
 今度の隣人は若い男性。ごく普通のサラリーマンで、私より少し年上に見えた。
 顔を合わせると笑顔で挨拶してくれるとても感じの良い人だ。いつも顔を隠すように俯いていた前の隣人とは大違いだった。

 一応、郵便受の名前を確認しておいた。

――三神 孝史――

 名字すら書いていない人が多い中、珍しくフルネームで記入されていた。
 随分無防備だ。男性は防犯に無頓着なんだろうか。

 変わったのはそれだけでは無かった。
 あのリーベルでの話し合いの日から、蓮が毎日会社の前に現れるようになっていた。
 私を送る為だそうだ。
 初めは抵抗し、拒否していた私も、数日後には大人しく送られるようになっていた。
 断っても無駄だと分かったし、良く考えると蓮はボディガードには最適だ。