「いい加減にするのはそっちでしょ? 自分がどれだけ非常識か分かってないわけ? いきなり絡んで来たり、後をつけたり……しかもちゃんとした身分も明かさない。そんな人の質問に答える理由は無いから」

 睨みながら早口で言う。いざという時はコンビニエンスストアに逃げ込めばいい。
 少しの沈黙のあと、彼は黒いコートのポケットから、何かを取り出した。

……名刺?

 何をするつもりなのだろう。不審感でいっぱいの私に、蓮はそれを差し出して来た。

「……何?」
「俺の名刺だ」

 怪しく思いながらも受け取り、印刷された文字に素早く目を通した。


―鷺森 蓮―


 シンプルな白の台紙にそれだけが印字されていた。
 
「なんなの、これ?」
「おま……倉橋が身分を明かせと言うから渡した。俺の名刺だ、これでいいだろ?」

 私は即刻、蓮の名刺を突き返した。

「良くないし、更に印象悪くなったけど……何これ? 連絡先どころか会社名すら書いてないじゃない」

蓮は受け取らずに、顔をしかめた。

「連絡先は裏に書いてある。会社名が無いのは仕方ない、就職してないんだからな」

 名刺をひっくり返すと、確かに携帯の番号とアドレスが記載されてた。

「後は何が聞きたいんだ?」

 別に蓮について知りたくて言ったんじゃないけど。
 そう思いながらも私の口は勝手に開き、蓮に疑問をぶつけていた。

「年は? 私より上に見えるけど就職してないのはどうして? それから雪香との関係は? 付き合ってたの?」

 一気に投げられた私の質問に、蓮は淀みなく答え始めた。

「年は二十五。就職してないのは不動産収入なんかが有って働く必要が無いから。それから雪香との関係は幼なじみみたいなものだ。家が隣で、十年の付き合いになる」

 雪香の幼なじみ……意外な答えに、少し驚いた。
 二人の関係が、そんな健全なものだとは思っていなかった。

「他に質問は?」

 考え込む私に、蓮が聞いてきた。

「雪香はどうして、あなたについて直樹に話さなかったの? 幼なじみなら隠す必要ないと思うけど。それから、こうまでして私に関わろとするのはなぜ?」

 蓮は今度は少し考えてから答えた。

「雪香が俺のことを話さなかった理由は分からない。婚約者に隠すような後ろめたい関係じゃなかったからな」
「本当にただの幼なじみならね」

 少し嫌みっぽく言うと、蓮はうんざりしたような表情になった。