恐る恐る振り向いた私は、信じられない光景に目を見開いた。
 片膝を着き私の肩に手を置いていたのは、二度と会いたくないと思っていた鷺森蓮だったから。

「……なんでここにいるの?!」

 思わず叫ぶと、蓮は不快そうに顔をしかめた。

「私をつけてたでしょ? 何のつもり?」

 恐怖は怒りに変わっていた。蓮をきつく睨みつける。けれど蓮の視線は私の顔ではなく、足に向いていた。

「足を痛めたのか?」

 質問を無視されたことで、私の怒りは更に増した。

「関係ないでしょ? それより何の用よ?」

 苛立ちを隠しもせずに低い声で言うと、蓮は私の腕を掴み立ち上がらせた。

「触らないで!」

 蓮の腕を勢いよく振り払う。
 後をつけるような真似をした蓮にも、彼と気付かずに本気で怖がってしまった自分にも、腹が立つ。

私は蓮に背中を向けて、痛む足に顔をしかめながらも歩き出した。

「待てよ」

 蓮が後を追って来て、道を塞ぐ。

「何なの?」
「お前雪香の婚約者に会ってただろ、何をしてたんだ?」

 その言葉に息を呑んだ。

「……いつから、つけてたわけ?!」
「会社を出て来たところから、様子を見ていた」
「何の為に?」

 後ろめたさなど少しも感じさせない蓮の態度に、苛立ちが募った。

「昨日の話の続きだ、お前が逃げ出したせいで途中だったからな」
見下したような目を向けて来る蓮を、私は怯まずに睨み返した。
「別に逃げて無いけど無礼な人と関わり合いたくないだけ……それからお前って呼ぶの止めてくれない? 他人にそう呼ばれるの嫌いだから」

 一気にまくし立てると、蓮は眉を上げて面倒そうな溜め息を吐いた。

「……分かった、次からは名前で呼ぶ」

 次なんて無いと思うけど。
 意外にも素直に頷いた蓮を眺めながら、心の中で呟く。

「沙雪、佐伯直樹と何をしていたんだ」

 蓮は躊躇う事なくそう言い、私は顔を強張らせた。

「おい、答えろよ」
「何でいきなり名前呼ぶわけ?」

 蓮は意味が分からないといったような顔をした。

「お前って呼ぶなって言ったのは誰だよ」
「私だけど、名前を呼び捨てにしてなんて言ってない。倉橋と苗字で呼んで下さい……鷺森さん」

 こんな人と慣れ合うつもりは一切ない。
 私の気持ちを悟ったのか、蓮は警戒するようにスッと目を細めた。

「分かった……倉橋は佐伯直樹とは何を話したんだ?」