ただ……申し出には感謝するけど、いつ新しい住まいに移れるか分からないのに旅館暮らしには踏み切る勇気は出ない。
 少し心が揺れるのを感じながらも断ろうとすると、蓮が会話に入って来た。

「旅館より店に泊まれよ、あそこは仮眠室もシャワールームも有るしな」
「リーベルに?」
「ああ、飯は店で食べればいいし、金がかかんなくて沙雪向けだろ?」

 なんか……言い方が気に入らないけれど、確かにあそこなら慣れているし、しかも殆ど経費をかけずに滞在出来る。
 ただ、スタッフやお客さんが帰った店ってどんな状態なんだろう。ガランとしていて、寝泊まりする部屋は別としても怖そうな気がした。
 でも、あの私にとっては呪われてるとしか思えないアパートに居るのも……。

 しばらく考えた結果、リーベルに泊めて貰うと決めた。
 同じ怖い思いをするなら、トラウマが無い方が良いだろう。

「じゃあ、申し訳無いけど、リーベルにお世話になるね」

 後ろを振り返り言うと、蓮の機嫌が一気に良くなるのが分かった。
 ……物凄く顔に出てるから。

「じゃあ、アパートに帰ったら沙雪は当面必要な物を用意して。店まで送るよ」

 ミドリは相変わらず気が利き、親切だ。

「ミドリ、本当にありがとうね」

 心からの感謝を込めて言うと、ミドリは少し照れたように微笑んだ。

「気にしないで、沙雪の助けになりたいだけだから」
「ミドリ……」

 優しい言葉に感激していると、蓮のイライラとしたような声が割り込んで来た。

「おい、もう着いたぞ!」
「あ……ほんとだ」

 いつの間にかアパートの前に着いていた。ドアを開け車から降りて自分の部屋を見上げた。
 それから隣の部屋に目を遣った。
 あの部屋に閉じ込められて、出る事が出来なかったなんて、今となっては信じられない。

「おい、大丈夫かよ?」

 立ち尽くしていると、蓮が顔を覗きこんで来た。
 心配そうな顔。

「沙雪、荷物を取りに行こう」

 ミドリが穏やかに言いながら、先に歩いて行く。

「お前は、車で待ってろよ!」

 蓮が言いながら、私を引っ張り歩き出した。
 二人の背中を見ながら、不意に思い出した。

『初めは一人だけど、でも私も探したいと思ってる。側に居てくれる人を』

 雪香に言った言葉……本心からの言葉だけど、あれは間違いだったと気がついた。
 私は、今だって一人じゃ無い。側で支えてくれる人がいる。