「さっきの話の続きだけど、沙雪の体調さえ良ければ、なるべく早めに友人と会って部屋の打ち合わせをしよう」
「うん。私は大丈夫だから出来れば明日にでも会いたい」

 ミドリの言葉に、私は迷わず返事をした。
 一刻も早くアパートを移りたい。三神さんに監禁されていた時の恐怖は、決して忘れられない。本当は二度と戻りたくない。考えるだけで憂鬱になる。
 口数の減った私に、蓮が声をかけて来た。

「お前、あのアパートで過ごすの嫌だろ? 当分違う所で寝泊まりした方がいいんじゃないのか?」
「うん……」

 確かに蓮の言う通りなんだけど、現実には簡単にいかない。
 ホテルに泊まるにしても、短期に部屋を借りるにしてもお金がかかる。 
三神さんの事件や、入院で再就職の話は駄目になってしまったから、私には経済的な余裕が無い。

 仕事がないのに、引っ越しで貯金が減ってしまうし、この先、生活していけるのだろうか。

 はあ……思わず大きなため息を吐くと、ミドリが視線を感じた。
 取り繕う気にもなれず、憂鬱な気持ちでいると蓮のじれったそうな声が聞こえて来た。

「おい、どうすんだよ?! 泊まるならアパートで荷物取って直ぐに移動するぞ」
「……行かないよ」

 本当は行けないだけなんだけど。蓮は私の切羽詰まった経済事情など気付かないようで、納得いかないと話し続ける。

「でもこの前言ってたよな? アパートで一人は怖いって……だから予定では、しばらく泊まってやろうと思ってたんだけどな」

 蓮は後半はボソボソと、独り言のように言った。

「何て言ったの? よく聞こえなかったんだけど」
 
 後ろを振り返り聞こうとすると、ミドリに止められた。

「気にしなくていいよ、また馬鹿なこと言ってるだけだから」
「え?」
「ミドリお前さっきから……いい加減にしろよ!」

 また喧嘩になりそうな流れに、私は深いため息をつく。
 それに気付いたのか、ミドリが気遣いの言葉をかけて来た。

「沙雪、確かに鷺森の言うとおりだよ。あの部屋で夜一人では辛いだろう」
「……大丈夫だよ、心配してくれてありがとう」
「知人がやってる旅館が有るんだ、そこなら気楽に滞在出来ると思う。沙雪が良ければ頼んでみるけど」

 ミドリは私の事情を察しているようだった。
 はっきりとは言わないけど、気楽に滞在出来ると言うのは安く泊まれると言う意味なのだろう。
 
 本当にミドリは気が利く。