「いや……披露宴には招待していなかったし、雪香からも聞いた覚えが無い」
「本当に?」

 どういうこと?
 私にはしつこいくらいに蓮の話をしていたのに、直樹には名前すら出さなかったなんて。
 披露宴に呼ばないのは、男友達だから直樹に遠慮したのかもしれない。でも式に出席してくれるほど親しい相手の話を全くしていなかったのは不自然だ。

「なあ、鷺森蓮ってどんなやつなんだよ?」
「私も昨日初めて会ったから詳しくは知らないけど友人でしょう? 雪香が居なくなった事を知り心配していたわ」
「……そうか」

 納得いかないような表情で、直樹は頷いた。知らない男が友人で、気分が良くないのだろう。
 私はそんな彼の様子をぼんやりと眺めながら、蓮について考えていた。

 雪香と蓮は、ただの友人ではないのかもしれない。
 もっと深い関係……婚約者には決して言えないような。

 そう考えると、蓮を疑わしく感じる気持ちが芽生えてきた。
 昨日、私を責めるような事を言っていたけれど、蓮こそ何かを知っているのではないかと思った。

 また連絡すると約束をして、直樹と別れた。
 アパートの最寄り駅に着くと、いつもの帰り道とは別の明るい大通りの方向に足を進める。
 遠回りだけど、安全の為だ。
 それなのに、十分程歩いたところで、不審な気配に気が付いた。
つけられている?

 私が立ち止まると足音も止まる。歩き出すと足音も動きだす。私たちの他に通行人はいない……気のせいじゃなくて絶対後を追われている!
 背筋にぞくりとした寒気が走る。
 怖くて仕方ない。心臓がドキドキと脈うち、手の平からは汗が滲みだした。
 アパートまでが果てしなく遠く感じる。

 強い恐怖に息苦しさを感じながら歩き続けた。あともう少しで右折する。
 そうしたら一気に走って逃げよう……今だ!
 バッグを抱え、最高の速度で駆け出そうとした。
 けれど、昨日痛めた足首に激痛が走り、その場に倒れこんでしまった。

「……いたっ!」

 早く逃げなくちゃいけないのに!
 急いで立ち上がろとするものの、足に力が入らず上手くいかない。

 焦る私の背後に、足音が迫って来た。
 振り返るより先に肩を掴まれ、私は体を強張らせた。
 あまりの恐怖に体が凍りついたように、悲鳴すら出て来ない。
 どうすればいいの?
 混乱する私の耳に、どこかで覚えの有る声が聞こえてきた。

「おい、どうしたんだ?!」