「雪香、彼と頑張ってね、辛いことが多いだろうけど誓いを忘れないで……私も頑張っていくから」

 静まり返った病室で、私は別れの言葉を口にした。
 雪香は大きく歪ませた顔で、私を見返す。そして……静かに頷いた。
 まるでタイミングをはかったかの様に、病室の扉がゆっくりと開いた。
 雪香がビクッとして振り返る。

「……話は終わったか?」

 蓮がそう言いながら近付いて来て、雪香の側で立ち止まった。
 ベッドサイドに置いて有る時計に目を遣ると、蓮が言っていた三十分はとっくに過ぎていた。もしかしたら、私達の話が終わるのを待っていた?
 話も聞こえていたのかもしれない。

「蓮……ごめんね、待たせて……」

 雪香は涙を拭きながら立ち上がり、蓮の隣に寄り添った。
 それから、その様子を黙って見ている私に目を向けた。

「沙雪……私行くから……元気で……」

 雪香は涙を滲ませ、震える声で言った。

「うん、雪香も元気で」

 私は頷き答え、それから蓮を見た。

「蓮も元気でね……いろいろとありがとう」

 伏し目がちな蓮に、私は微笑みながら言った。

 蓮は雪香と一緒に行ってしまうけど、以前のような悔しさや虚しさは感じなかった。
 切り捨てられたとも思わない。蓮は、酷いことを言った私を助けに来てくれた。
 三神さんに対して、本気で怒ってくれた。
 蓮は私のことも大切に思っていてくれたんだと、気付けた。

「別に、感謝される程のことしてないだろ……雪香、行くぞ」

 蓮は素っ気なく言うと、まだ涙の止まらない雪香を支えながら病室から出て行った。
 雪香は最後に悲痛な顔で振り返り、でも結局何も言わなかった。

 ふたりがいなくなると、部屋は一気に静かになった。
 後悔はしていない。それでも、やっぱり別れは悲しくて胸が痛い。

 次々に零れ落ちる涙をなかなか止められなかった。
 雪香と再会してから今日迄の出来事が、何度も頭に浮かんでは消えていった。

 訳も分からずに翻弄された日々。そんな中出会った人達。
 直樹と別れて、引きこもっていた頃からは考えられない程、目まぐるしく濃い毎日だった。
 頑なだった私の考え方も、少しずつ変わっていった。
 雪香の行動で本当に酷い目に逢わされたけど、今となっては恨みや嫌悪だけじゃなく感じる。
 本心を全て吐き出せたせいなのか……。