私は可能な限り移動して、様子を窺う。

「はい、どちら様ですか?」

 三神さんは感じの良い声で応答する。すぐに返事が返って来た。

「すみません、少し伺いたいことがあるのですが」

 聞き覚えの有る声! 私の心臓は狂ったように激しく打ち始めた。

「何でしょうか?」
「すみません、少しだけでいいから開けて頂けませんか?」

 少しの沈黙の後、鍵を外す音が聞こえて来た。

「あまり時間が無いのですが」

 迷惑そうな三神さんの声。

「すみません、緑川と申しますが隣の倉橋さんのことで窺いたくて」

 その言葉を聞いた瞬間、私は目を見開いた。
 声を聞いた時からもしかしてと思っていたけれど……やっぱりミドリだった!
 どうしてだか分からないけど、ミドリが来てくれた。
 自分の存在を何とか伝えたくて、必死に声を出そうとするけれど上手くいかない。

「隣の方と付き合いは無いんで、何も答えられません」

 冷たく拒絶する三神さんの態度に驚いたのか、ミドリは一瞬黙り込んだ。
 けれど、すぐに丁寧な口調で話を続ける。

「実は、隣の部屋の倉橋さんと数日連絡が取れないんです。それで今日様子を見に来たんですけど、部屋にも居ないようで……最近見かけませんでしたか?」
「いえ、さっきも言いましたが、隣の方とは交流が無いんです」

 三神さんは考えるふりをする気も無いのか、すぐに素っ気ない返事をした。

「……では、ここ数日彼女が部屋に居た気配はありませんでしたか?」

 あからさまに迷惑そうな三神さんの態度にも、ミドリが退く様子は無かった。

 三神さんが、ハアと大きな溜め息をつくのが聞こえて来た

「隣の人については何も知りません……彼女は愛想も無いし、引っ越しの挨拶の時も迷惑そうにされた、だから気にしない様にしてるんですよ。居ないなら旅行にでも行ったんでしょう?……もういいですか?」

 三神さんは、そう言いながらドアを閉めようとした様だった。
 このままじゃミドリが帰ってしまう!
 助けを叫びたくて、手と口の拘束を取ろうとしたけれど、ここ数日で弱ってしまっている私の力では叶わない。

 焦る私の耳に、ガンと何かがぶつかる音が聞こえて来た……何?
 反射的に身を縮めたと同時に、ミドリの声が聞こえて来た。