私は商業高校を卒業後、中小企業の経理部で四年間働いていた。
働きやすく良い会社だったけれど、営業先に妻が居てはやり辛いからと、執拗に退職を勧める直樹の言葉に従い辞めてしまった。
今となっては本当に後悔している。
私は本当に愚かだった。その頃、直樹は既に雪香と付き合っていたと言うのに。何も気付いていなかったのだ。
私に辞めて欲しかったのは、捨てる予定の女が取引先に居るのは都合が悪いから。
ただそれだけだった。
真実を知ったのは、家庭の事情と理由をつけ退職した後。
私は恋人も仕事も、そして少しは残っていた、妹に対する家族の情も、何もかも失った。
絶望を味わい私は決心した。
もう誰にも心を許さない。二度と、惨めな思いはしないと。
誰も私の領域に踏み込ませないし、自分の進退は自分で決める。
固く心に誓った。
特に大きなトラブルもなく六時過ぎに仕事を終え、直樹と待ち合わせをしている店へと向かう。
「沙雪、こっちだ!」
約束の時間より十分早く着いたのに、直樹はもう席に着いていて、私の姿を見つけるなり合図を送ってきた。
「……随分早いんだね」
半分空になっているグラスに目を遣りながら言うと、直樹は真面目な顔で頷いた。
「ああ、雪香の件を早く話し合いたかったからな」
昨夜は眠れなかったのか、彼の目の回りは黒ずんでいた。
とても疲れているように見えたけれど、特に労りの言葉はかけずに直樹の正面の席に腰掛けた。
「雪香から何か連絡は有った?」
私の問いに、直樹は憂鬱そうな溜め息を吐いた。
「雪香から連絡が有ったとしたら、こんなところにいる訳無いだろ?」
彼の無神経な発言に苛立つよりも、疑問を覚えた。
雪香は、婚約者である直樹に、なぜ連絡しなかったのだろう。
謝罪、別れの言葉、伝えることはあったはずなのに。
「……沙雪?」
黙り考え込む私を、直樹は怪訝そうに見つめてきた。
「なんでもない。それよりも直樹には心当たりはないの?」
「ああ。友達のところには全部連絡したし、親戚関係はお義父さんが連絡しているけど、雪香はどこにも居なかったんだ。それから……」
「ちょっと待って、心当たりって言ったのはそういう意味じゃないの」
働きやすく良い会社だったけれど、営業先に妻が居てはやり辛いからと、執拗に退職を勧める直樹の言葉に従い辞めてしまった。
今となっては本当に後悔している。
私は本当に愚かだった。その頃、直樹は既に雪香と付き合っていたと言うのに。何も気付いていなかったのだ。
私に辞めて欲しかったのは、捨てる予定の女が取引先に居るのは都合が悪いから。
ただそれだけだった。
真実を知ったのは、家庭の事情と理由をつけ退職した後。
私は恋人も仕事も、そして少しは残っていた、妹に対する家族の情も、何もかも失った。
絶望を味わい私は決心した。
もう誰にも心を許さない。二度と、惨めな思いはしないと。
誰も私の領域に踏み込ませないし、自分の進退は自分で決める。
固く心に誓った。
特に大きなトラブルもなく六時過ぎに仕事を終え、直樹と待ち合わせをしている店へと向かう。
「沙雪、こっちだ!」
約束の時間より十分早く着いたのに、直樹はもう席に着いていて、私の姿を見つけるなり合図を送ってきた。
「……随分早いんだね」
半分空になっているグラスに目を遣りながら言うと、直樹は真面目な顔で頷いた。
「ああ、雪香の件を早く話し合いたかったからな」
昨夜は眠れなかったのか、彼の目の回りは黒ずんでいた。
とても疲れているように見えたけれど、特に労りの言葉はかけずに直樹の正面の席に腰掛けた。
「雪香から何か連絡は有った?」
私の問いに、直樹は憂鬱そうな溜め息を吐いた。
「雪香から連絡が有ったとしたら、こんなところにいる訳無いだろ?」
彼の無神経な発言に苛立つよりも、疑問を覚えた。
雪香は、婚約者である直樹に、なぜ連絡しなかったのだろう。
謝罪、別れの言葉、伝えることはあったはずなのに。
「……沙雪?」
黙り考え込む私を、直樹は怪訝そうに見つめてきた。
「なんでもない。それよりも直樹には心当たりはないの?」
「ああ。友達のところには全部連絡したし、親戚関係はお義父さんが連絡しているけど、雪香はどこにも居なかったんだ。それから……」
「ちょっと待って、心当たりって言ったのはそういう意味じゃないの」