「弥生様──懐かしいです。彼女がここで暮らしていた頃も、今の真澄さんと同じように毎朝ここで朝食を作っておられました。ああ、自分に料理を教えてくださったのも弥生様なのですよ」

「……あ、その、実はそうかなと思ってました。昨日時雨さんが作った料理、全部どこかで食べたような気がしたんです。とっても懐かしくて美味しくて、もう忘れかけてたはずなのにあぁおばあちゃんの味だって思ったから」


 ここに来てからずっとそうだ。見るもの、触れるもの、感じるもの、いたるところに祖母の存在を感じてしまう。封印してきたあの頃の悲しみに指先をつけてしまったような気持ちになる。こんなに泣きたくなることなんて、今までなかったのに。


「私、おばあちゃんの味を再現できる料理は少ないんです。教えてもらったのはお釜の使い方とか魚の捌き方とかで、料理はどちらかと言うと母に教えてもらってたし」

「それなら知っている限りは自分が教えて差し上げられますから、ぜひとも継承してあげてください。ただ弥生様は和食しかお作りになられなかったので、うつしよでいう西洋料理のレパートリーは皆無なのですが……」


 お恥ずかしいことに、と時雨さんは苦笑しながら肩をすくめる。

 そう言われてみれば、たしかに祖母は和食に並々ならぬこだわりがあったけれど、洋食や中華料理はあまり作っていた記憶がない。


「……あの、なら、そっちは私が教えましょうか? 洋食でも中華でも基本的なものは作れると思いますし。むしろ洋食のレパートリーのほうが多いくらいなので」

「なるほど、交換条件ですね」


 窓から差し込む朝日に照らされながら、良い考えですと時雨さんは柔らかく微笑む。

 翡翠も相当な美丈夫だが、時雨さんも負けず劣らずの美形男子だ。何をしても様になるというのはこういう人達のことを言うのだろう。ふたりとも見た目は完全に人間だし、神さま相手に失礼だとはわかっているものの余計に容姿に目がいってしまう。


「さて、そろそろ良い時間ですね。真澄さん、火は自分が見ておきますので翡翠を起こしてきてもらえませんか?」

「へ? 私が、ですか?」

「ふふ、あの堅物もたまには綺麗な女性に起こされたいでしょうから。あぁ、六花は預かりますね。すみません」


 私の腕の中でスースーと寝息を立てていたりっちゃんをそっと抱き上げて、時雨さんは「それから」と耳元で囁くように続ける。