さきほど、ぼんやりと考えていたことを、とめどなく吐き出すと、紗枝さんは言った。
「答えが出てるじゃない。私が言うことはないわ」
「え――でも」
「あなたが、本当の自分の声じゃない、と感じるなら、その通りなんじゃないかしら?」
いつもの意味深な謎かけであった。
「だとしても、じゃあ偽りない自分の声、それがどんな声なのかがわからないんでしょう?」
「その通り、です」
「それは自分で見つけるしかない」
「はい――」
それは、当然のことである。でも、すぐに紗枝さんは、いたずらっぽく笑った。
「と、言っちゃうのはさすがに無責任だわね。だから、私が思っていることを伝えるわね」
紗枝さんは椅子に腰かけると、話し始めた。
「ちょっと不自然な響きで、それは無理をしているせいなのかなあという印象だ、というようなことを言ったわよね」
それは、前回指摘された内容だ。
「自分で出す声は、無意識に周りと同じような声を出そうとするわ。男なら男の、女なら女の声の高さで。でも、あなたの元々の声は高いでしょう? 女性の音域に近かったんじゃないかしら? それなのに、周りの男性と同じような声を出そうとした」
これは、当たっている。
「マスター、ちょっと借りるわよ」と言って、紗枝さんは立てかけてあるマスターのギターに手を伸ばした。
「ギターとは仕組みが違うから、例えとして聞いてね。あなたの声帯がこの細い弦だとします。あなたの周りの男性は反対側の太い弦」
紗枝さんが一弦と六弦を交互に弾く。
「開放弦がその自然な音の高さとして、その自然な状態でこれだけ差があるの。二オクターブ。人間の男女差はこんなにないけどね。例えよ」
人間の場合は平均して一オクターブ半くらい、と言う。
「じゃあ、その細い弦でこの太い弦の高さに近付こうとしたら?」
「開放弦でも高いなら……弦を緩めてチューニングを下げるしかない」
「そう。でも、適性チューニングの範囲を超えて緩めると、ベロベロで響かない、使い物にならない音色しか出ない。これは単純に物理的な問題よ。こんなゆるゆるの弦の状態じゃ、いくらマスターでも、ちゃんとした音は出せない」
一弦をゆるめて、低くする。だんだん響きが弱まる。
「問題なのは、チューニングが狂っていることをあなたが自覚できていない所ね。いや、頭ではわかってるけど、きっと無意識の領域なのかも。だから、チューニングを狂わせてしまった原因を取り除いて、正しく音程を合わせる必要があるのよ」
六弦と同じ音程まで緩んだ一弦は、間延びした鈍い響きの、単なる鉄の線を弾いたような音である。おまけに、強く弾くと、フレットに当たってビリビリと大きな雑音が混じってしまう。全く美しくはない。緩めた一弦を、再び締めて行くと、高音弦らしい倍音が増えて行き、徐々に美しい響きがよみがえるのだった。確かに、適正なチューニングでなければ、その弦本来の音色は出ない。
「ギターの例えじゃなくて声の話をするわね。低い声で話そうという無意識の意思が働いて、それがあなたの今のその『普段の話し声』になったんじゃないかしら。今のギターの例えだと、無理やり弦を緩めた状態で、それが適正なチューニングだと思い込んで」
それは――考えたこともなかった。
「答えが出てるじゃない。私が言うことはないわ」
「え――でも」
「あなたが、本当の自分の声じゃない、と感じるなら、その通りなんじゃないかしら?」
いつもの意味深な謎かけであった。
「だとしても、じゃあ偽りない自分の声、それがどんな声なのかがわからないんでしょう?」
「その通り、です」
「それは自分で見つけるしかない」
「はい――」
それは、当然のことである。でも、すぐに紗枝さんは、いたずらっぽく笑った。
「と、言っちゃうのはさすがに無責任だわね。だから、私が思っていることを伝えるわね」
紗枝さんは椅子に腰かけると、話し始めた。
「ちょっと不自然な響きで、それは無理をしているせいなのかなあという印象だ、というようなことを言ったわよね」
それは、前回指摘された内容だ。
「自分で出す声は、無意識に周りと同じような声を出そうとするわ。男なら男の、女なら女の声の高さで。でも、あなたの元々の声は高いでしょう? 女性の音域に近かったんじゃないかしら? それなのに、周りの男性と同じような声を出そうとした」
これは、当たっている。
「マスター、ちょっと借りるわよ」と言って、紗枝さんは立てかけてあるマスターのギターに手を伸ばした。
「ギターとは仕組みが違うから、例えとして聞いてね。あなたの声帯がこの細い弦だとします。あなたの周りの男性は反対側の太い弦」
紗枝さんが一弦と六弦を交互に弾く。
「開放弦がその自然な音の高さとして、その自然な状態でこれだけ差があるの。二オクターブ。人間の男女差はこんなにないけどね。例えよ」
人間の場合は平均して一オクターブ半くらい、と言う。
「じゃあ、その細い弦でこの太い弦の高さに近付こうとしたら?」
「開放弦でも高いなら……弦を緩めてチューニングを下げるしかない」
「そう。でも、適性チューニングの範囲を超えて緩めると、ベロベロで響かない、使い物にならない音色しか出ない。これは単純に物理的な問題よ。こんなゆるゆるの弦の状態じゃ、いくらマスターでも、ちゃんとした音は出せない」
一弦をゆるめて、低くする。だんだん響きが弱まる。
「問題なのは、チューニングが狂っていることをあなたが自覚できていない所ね。いや、頭ではわかってるけど、きっと無意識の領域なのかも。だから、チューニングを狂わせてしまった原因を取り除いて、正しく音程を合わせる必要があるのよ」
六弦と同じ音程まで緩んだ一弦は、間延びした鈍い響きの、単なる鉄の線を弾いたような音である。おまけに、強く弾くと、フレットに当たってビリビリと大きな雑音が混じってしまう。全く美しくはない。緩めた一弦を、再び締めて行くと、高音弦らしい倍音が増えて行き、徐々に美しい響きがよみがえるのだった。確かに、適正なチューニングでなければ、その弦本来の音色は出ない。
「ギターの例えじゃなくて声の話をするわね。低い声で話そうという無意識の意思が働いて、それがあなたの今のその『普段の話し声』になったんじゃないかしら。今のギターの例えだと、無理やり弦を緩めた状態で、それが適正なチューニングだと思い込んで」
それは――考えたこともなかった。