そんな母親からしかたなく(・・・・・)生まれた子が、私……だった。
 私は、理想ばかりを追い求め、現実を見ない母親に、少しの愛情も与えられず、(しいた)げられ、何度も命を落としかけながら育った。
 それでも幼かった私は、たった一人の肉親である母親に縋り付くしかなかった。生きる(すべ)はそれだけしかなかったからだ。


 しかし、〝生きたい〟と思ったのは母親のためではない。
 現実とも夢とも分からない狭間(はざま)で、悲惨な状態の私を何度も助けてくれた〝彼〟に会いたかったからだ。


 当時の私は彼が何者か知らなかった。本当に存在するのかさえあやふやだった。だが、そんなことはどうでも良かった。
 彼は震える私をギュッと抱き締め、優しく髪を()いてくれた。そんなことをしてくれたのは、後にも先にも彼だけだった。
 彼の腕に包まれるたびに、私は、春の日差しの中にいるような温もりを感じた。
 それが生きる(かて)となり、十三年という短い人生だったが、私は母に恨みを残さず天寿を全うすることができたのだ。


 そのことを忘れたくなかった。だから、三途の川を渡る前、(さい)の河原で地蔵菩薩から、現世の苦しみを引き()らないように〝忘却の水〟を勧められたが、飲むのを断ったのだ。
 地蔵菩薩は「ペナルティが与えられますよ」と言ったが、私はそれでもいいと返事をした。彼を忘れるぐらいなら地獄に墜ちた方がマシだと思ったからだ。


 結局、地獄には堕とされなかったが、閻魔(えんま)大王を含む十王審議(じゅうおうしんぎ)というものにより、私は再び〝人道(じんどう)〟へ行くことが決まったと告げられた。
 ちなみに、人道とは人間界のことだ。