しかし、人間がそれほどいいものではない、ということは――それから幾年も経たないうちに分かった。
 人間界では命ある限り、子供には子供に応じた、大人には大人に応じた〝試練〟というものが与えられ、それを乗り越えなければ成長しない。未来が開けないのだ。


「僕は獏だったから、試練に対する耐性が弱いのだろうか?」
 人間になって幾度も呟いた言葉だ。だが、それは都合のいい言い訳だった。
 いつも立ち向かう前に逃げ出してしまうのは、未来が未知だからだ。
 人というものは、案外怠け者で、変化を嫌う傾向にある。
 そのうえ、一度でも温々(ぬくぬく)とした場所で、『居心地がいいなぁ』なんて思ってしまうと、そこから抜け出すのが怖くなる。
 だから、問題を前にすると回避するように目を背け、流されるように楽な方に進んでしまうのかもしれない。


 ――そこでも試練は与えられると知っているのに……。


 結局、同じ場所で過去ばかり振り返り、後悔するだけ――まるで闇を彷徨(さまよ)う旅人みたいだ。これなら、獏のままでいた方がまだ良かったかもしれない。