それなのに、なぜ急に人間に戻ったのだろう？
　涙を零す先生を、疑問と共に見つめていると、「バク、貴方に会いたかった」と彼女が言う。
　僕を〝獏〟ではなく〝バク〟と呼ぶのはあの少女だけだ。僕は目を見開き先生を見つめた。


「十王様たちが、生まれ変わるときに約束してくれたの、貴方と出会うことができ、少女だったときの私のことも、今の私のことも『好きだ』と言ってくれたら、私からバクに告白する機会を与えてくれるって」
　あぁ、と理解する。彼女がなかなか僕の気持ちに応えてくれなかった訳を。


「あの頃の私は幼すぎて、あの温かな気持ちが何なのか分からなかった」
　彼女は、あの少女の記憶を持ったまま生まれ変わったのだと言う。
「でも、今は知っている。だから、言わせて――貴方が好き。大好き！」
　あっ！　彼女の言葉が頑なに閉ざしていたもう一つ奥の扉を開けた。
　流れ込むように、さらなる記憶が蘇る。


　そうか、そうだったのか。少女も先生も同じ人物――僕の奥さんだったのか。
　彼女には少女の頃の記憶しかないが、奥さんはあれから何度も生まれ変わった。
　僕は奥さんが生まれ変わるたびに、生まれ変わった彼女の悪夢を食べた。
　ようやく分かった。
　僕に与えられた罰は、獏になることではなく、目の前にいる奥さんを奥さんだと認識できなかったことだ。


　しかし、こんな風に彼女を前にして、全てを理解したということは……。
　僕は許されたということだろうか？
　ソファから身を起こすと、僕は目の前の椅子に座る彼女の元まで行き、彼女の濡れた瞳を覗き込んだ。


　――許されたのなら、それはきっと彼女のお陰だ。


「ありがとう。本当にありがとう……僕も君が大好きだ」
　返事を聞いた彼女の瞳から、煌めく雫(しずく)が止めどなく零れ落ちる。
　僕はそれを指先で拭い、告げる。
「ずっと愛していた。今も、これからもずっと愛している」
　そして、僕の元に戻って来てくれた奥さんを――いや、今の彼女を、力いっぱい抱き締めた。