僕は怒りに任せて奥さんを激しく叱責しながら彼女を殴ってしまった。
 愛するがゆえの(むち)。その時はそう思った。
 でも、それがDVに当たる行為だと気付いたのは――奥さんから僕の余命があと半年もないと聞かされた後だった。


 そう言えば……と思い出す。会社で行われた健康診断の結果が、要再検査だったことを。
 だが、原因は分かっていた。仕事が多忙で疲れが溜まっていたからだ。そう思っていたから心配などしなかった。
 だから、再検査の結果も奥さんに聞きに行ってもらったのだ。相変わらず仕事が忙しくて、休みが取れなかったから……。


「ごめんなさい……」
 奥さんは白状しながら涙していた。
 その涙をぼんやり見つめながら、謝らなければいけないのは僕の方なのにと思っている自分がいた。
 ――なのに僕は、「どうして本当のことを言ってくれなかったんだ!」と怒鳴っていた。逆ギレもいいところだ。それも分かっていた。


 奥さんは賢い人だ。だからこそ、黙っている方が賢明だと判断したに違いない。
 なぜなら、雄々しく振る舞っている僕が、本当は(もろ)く弱いからだ。奥さんはそれを知っているからこそ、告知すれば僕がどうなるか、察しが付いたのだろう。
 それでも、僕は正直に話して欲しかった。聞けば、彼女を殴ったりしなかった。そう思ったのだ――が、違う! そんな風に自分を正当化したかったのだ。


 そんな情けない僕を、奥さんは気丈に最期の瞬間まで支えてくれた。
 だが……毎夜、奥さんが夢でうなされていることを僕は知っていた。
 現実の世界でも苦しんでいるというのに……。
 その姿を見るたびに、僕の胸は潰れそうになった。
 暴力を振るい、彼女を苦しめた僕が、今さら言える立場ではなかったが、奥さんを救いたいと思った。
 しかし、その頃の僕には、もう彼女を助ける力は残っていなかった。だから、祈った。


 どうか僕が死んだら、悪夢を食べるという獏にして下さい――と。
 現実が辛くても、せめて夢の中だけでも笑っていて欲しい――と。


 その祈りが通じたのか、気付けば願いどおり獏になっていた。
 それ以来、僕はずっと獏のままだった。おそらくこれが、暴力を振るった僕に下された罰だったのだろう。