奥さんの様子がおかしいと気付いたのは、新入社員が仕事に少し慣れてきた四月下旬頃だったと記憶する。
 最初は「あれ?」というほど微妙な変化だった。
 例えば、笑っているのにどこか作り笑いのようだったり、ふと遠くを見つめて考え込んだり……。


 しかし、そのうち、食が細くなり、顔色も良くないと感じるようになった――だから、僕は誤解したのだ。
「もしかしたら、僕たちの赤ちゃんができた?」
 そんな風に……。


 だが、ドキドキしながら尋ねると、奥さんは強張った顔で即座に「違う」と否定した。
 すごくガッカリしたが、だったら原因は何だと考えた。だが、いくら考えても思い当たる節は何もなかった。


 おまけに、僕の質問が呼び水となったのか、それから時々だが、隠れて奥さんは涙ぐむようになった。
 僕は、確かめもしないで何てことを言ったのだと落ち込んだ。
 なぜなら、僕たちはずっと子供を欲していたが、なかなかできなかったからだ。


 これはいけないと思い、僕はすぐさまゴールデンウイークの予定を変更することにした。
「のんびり家で過ごそうと言っていたけど、父のキャンピングカーを借りて旅行にでも行こうか? あれなら、予約を入れなくても泊まれるからね。東西南北、どこへ行きたい?」
 環境を変えれば気分が晴れるかもしれない。そう思って誘ったのだが、彼女は首を横に振るばかりだった。


 ここまできて、初めて僕の脳裏に良からぬ思いが浮かんだ。
 もしかしたら、奥さんは僕と別れたいのではないだろうか……と。
 疑心暗鬼は人を狂わす。不安になった僕は、あろうことか奥さんの浮気を疑うようになってしまった。
 そうなると、人間とは弱い生き物だ。転げ落ちるように悪い奴になる。