私は人の邪魔にならないように境内の端によると、鞄から小説を書いていない間もいつも持ち歩いていたネタ帳を取り出す。これまで思いついた全てのアイデアが、ここにしたためられていた。

 昔のように黒いキャップについた白い星をじっと見つめてから、万年筆を走らせる。

『無縁坂の思い出帖』

 なんかしっくりこない気がして、斜線を引く。

『付喪神が言うことには』

 よし、これでいこう。
 今ならきっと、素敵なお話が書ける気がする。
 笑顔で万年筆のキャップを閉じると、足元にいたシロと目が合った。

「がんばるニャ」
「……え?」

 確かにそう聞こえた私は、唖然としてシロを見つめ返した。

「ま、真斗さん! 今、シロが喋った!」
「は? いつも喋ってるだろ」
「違くって!」

 私に腕を引かれた真斗さんは呆れたようにこちらを見下ろす。

「私にも聞こえたんですよ!」
「ふーん、よかったな」
「もっと感動してくださいよ!」
「いや、俺は最初から聞こえているから」
「もー!」
「わかった、わかった。すごい、すごい」

 真斗さんは不貞腐れる私を見て肩を揺らす。

「帰ったら熱々の麦茶を入れてやるから、買ってきてくれた大福食ってお祝いしよう」
「真斗さんの淹れる麦茶、出来上がりまで四〇分くらいかかるじゃないですか」
「旨いもののためには手間暇を惜しんじゃダメなんだよ」

 私はむうっと口を尖らせる。
 なんとなく、いいようにあしらわれている気がするのは気のせいだろうか。

「でも……ま、いっか」

 そして私達は肩を並べ、無縁坂を上ってゆく。


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