見るのも、多分初めてな気がする。

「世界最高峰とも言われる腕時計メーカーだよ」

 真斗さんはその腕時計を私に見せるように、目線の高さに上げた。

「二〇一九年に、ここの腕時計がオークションに出されたときのニュースが流れていたんだけど、いくらだと思う?」
「オークション?」

 真斗さんの意味ありげな聞き方に、私は眉を寄せる。
 以前、真斗さんからシャネルのマトラッセの値段を聞かれて大外ししたことがある。この流れは、きっとそのオークション金額はびっくりするほど高額だったに違いない。

 びっくりするほど高額っていったら一体幾らくらいだろう?
 全然想像がつかない。でも、ただの時計だし……と、私はうーんと悩み、おずおずと金額を言った。

「一千万円!」

 真斗さんはゆっくりと口の端を上げ、ニヤリと笑う。

「外れ。正解は約三十四億円」
「さ、三十四億!?」

 想像を遥かに超えた高額具合に、思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。時計に三十四億って何? 都心の一等地にビルが買えちゃうんじゃないの!?

「それが腕時計の落札額としては過去最高額のはず。その前の時計の過去最高落札額は二〇一四年のオークションで出された二十四億円。それも、これと同じパテック・フィリップ社の懐中時計だった」
「うそ……」

 あまりにスケールのでかい価格に唖然としてしまう。
 フィリップって、そんな凄い時計なの?
 ただのお喋りなインコだと思い込んでいたのに!

「もしかして、この時計もウン億円?」

 うっかり触って傷なんてつけたら大変だ。一生かけても払えない借金を負う羽目になる。
 私はちょっと遠巻きにその腕時計を眺めつつ、恐る恐る尋ねる。
 真斗さんは数回目を瞬き、けらけらと笑った。

「そんなにしないよ。そもそも、ウン億円のものを質入れするっていうことは、うちがその額を相手に貸し付けるってことだぞ。さすがに無理だろ」

 真斗さんは肩を揺らしながら、手に持っていたフィリップが宿るというその腕時計を置いた。

「これはパテック・フィリップ社の『カラトラバ』っていうシリーズだよ。今の定価は二、三百万ってとこかな。このブランドの代表的なモデル」

 室内灯を浴びた時計の金縁が鈍く光る。
 私はおずおずと、その時計を覗き見た。クリーム色の文字盤には枠と同じ金色の針が嵌っている。そして、六時の位置には独立した秒針盤がついていた。

「全部、一流の職人が手作業で作成している。親から子へ、子から孫へ受け継ぐ時計って言われていて、永久修理保証なんだよ」
「全部手作業? 永久?」