「ふうん、そうなんだ」

 汐里さんはカウンターに肘をついたまま聞いていたけれど、ふと真面目な顔をした。

「ねえ。恋は常に、前だけを向いた方がいいよ」
「え?」
「つまりね、後ろは振り返らない。振り返ったとしても、自分がいけなかったところだけを反省して、次に生かすだけ。たらればを考えても仕方がないし、間違っても気持ちのなくなった相手に縋り付いて復縁しようとか思っちゃ駄目。次の恋でもっと幸せになればいいの」
「はあ……」

 大真面目な顔をした汐里さんを、私は毒気の抜けた顔で見返した。言われずとも、健也と復縁したいという気持ちは全くない。

 汐里さんは私の表情からそれを感じ取ったのか、安堵したように息を吐く。

「梨花ちゃんは大丈夫か。真斗君、優しそうだもんね」
「へ?」

 ぽかんとする私に対し、汐里さんはにやりと意味ありげに笑う。

 その意味を理解した瞬間、耳まで赤くなるのを感じた。
 汐里さんは未だに私がついた『真斗さんと付き合っている』という嘘を信じているのだ。

「お待たせしました」

 あたふたしていると、すっかりと聞きなれた、落ち着いた低い声がする。真斗さんの右手には、汐里さんに支払うためのお金が入った封筒があった。

「どうかしたの?」

 顔を火照らせて耳まで赤くした私を見て、真斗さんは怪訝な表情を浮かべた。

「ううん、なんでもないよ。女同士の話。ね、梨花ちゃん」

 汐里さんはくすくすと楽しげに笑った。



 その日、私と真斗さんは汐里さんを門の外までお見送りした。無縁坂の通りに出ると、汐里さんはこちらを振り返る。

 夜の仕事を辞めた汐里さんは、もうここにお客様のプレゼントを売りに来ることはない。もしかしたら、つくも質店に来るのもこれが最後かもしれない。

「今までありがとうね」
「はい。こちらこそ今までありがとうございました」
「一回も真斗君を接客できなくて、残念だったなぁ」

 ちょっと不貞腐れたように汐里さんが口を尖らせると、真斗さんは苦笑した。汐里さんは口許に笑みを浮かべてそんな真斗さんから目を逸らすと、私を見つめてにこりと笑う。

「梨花ちゃん。よかったら、今度うちのお店に買いに来てね」
「はい、是非」

 私は笑顔で頷き、その背中を見送った。



 店内に戻ると、真斗さんと今日買い取ったものの撮影やネットショップへの登録を行う。数が多いだけに、気付けば窓の外は真っ暗になっていた。
 時計を見ると七時近い。そろそろ帰らないと。