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 亜美ちゃんとファミレスでやけ食いした翌日、私はとある場所へと向かっていた。

 地下鉄千代田線の湯島駅を降りて地上に出ると、すぐに見えるのは二本の広い道路──不忍通りと春日通りが交差する天神下交差点。『天神下』というのは、すぐ近くに学業成就で有名な湯島天神があるからだろう。

 その交差点の信号が変わったのを合図に道路を亘って一本道を入ると、すぐに見えてくるのは旧岩崎邸庭園だ。敷地内には十七世紀のジャコビアン様式を基調とした重要文化財のお屋敷があるらしいけれど、私は行ったことがない。その旧岩崎邸庭園を左手に見ながら、角を曲がる。すると、二ヶ月前に訪れた風情のある坂が目に入った。

 坂道を上る足取りが重いのは、たぶん自分のせい。

 二カ月前の自分のバカさ加減には本当に呆れてしまう。亜美ちゃんが言うところの『類まれなるクズ男』にデート代を貢いで大事な万年筆を質入れしてしまうなんて……。

 あ、貢いだって今自分で認めちゃった。もういいや、色々といいや。とにかく、あの万年筆さえ手元に戻ってくればそれだけでいい。
 そんなやややさぐれた気持ちでその坂道をもくもくと登った。九月末にもなったのに、今日は気温が上がって太陽が射すように痛い。歩くだけで汗が額から滴り落ち、目に沁みた。

 坂道の途中にあるのは純和風の見覚えのある門構え。門の横には『ご不要品のお引き取り致します つくも質店』と手書きで書かれたチラシが貼られている。私はぐっと手を握り、飛び石を渡ると扉に手を掛けた。

「ごめんください!」

 ガラッと音を立てて扉を引く。

「いらっしゃい」

 鼓膜を揺らしたのは、落ち着いた低い声。クーラーのひんやりとした空気が火照った体を包む。

 そこにいたのは年配の男性だった。髪は半分近くが白髪になっており、目じりには年齢を感じさせる笑い皺が寄っている。五十歳過ぎだろうか。先日対応してくれた若い男性とは明らかに違う人だった。

 私に気が付いた年配の男性は、カウンター越しにこちらに向かってにこりと笑いかけてきた。