「で、いくら貢いだの?」
「貢いでないよ」
「でも、デート代は全部梨花持ちだったんでしょ? あー、マジであり得ないよ。私だったら一時間で別れる。いや、もしかしたら一〇分かもしれない。最初の店に入って会計が終わった時点で『ちょっとお手洗いに~』って言って、そのままサヨナラするね。連絡先全ブロックして」

 心底嫌そうな顔をした亜美ちゃんが、顔の前で片手を振る。
 そのデート相手はお手洗いの前で戻ってこないデート相手をいつまでも待ち続けるのかな。亜美ちゃんなら本当に公衆便所の窓から逃走とかをやりかねない気がするから、ちょっと笑えない。

「デートっていっても二週に一回くらいしか会ってなかったよね? ってことは、一回五千円として月二回が六カ月で……六万円か。うーん、痛いけどこれからの人生で同じ失敗を繰り返さないための勉強代だと思えば高くない! 全部バイト代でしょ? まさか借金したりしてないよね?」
「……うん」
「なら、よろしい!」

 本当は誕生日に二万円もするパスケースをプレゼントしたけど、それは言わなくていいかな。それに、彼のバンドの売れないチケットを大量買い取りしていたので、かなりの額つぎ込んだ。
 ちなみに私の誕生日はその毎回毎回大量にチケットを買っている彼のバンドの単独ライブ(小さなライブハウスで、客は知人友人しかいない)のチケット一枚だった。

 亜美ちゃんはホッとしたように息を吐くと、にこりと笑った。

「ねえ、梨花。今日は私が奢るからパーッと食べて元気出そう! このパフェとか美味しそうだよ」

 テーブルの端に置いてあったメニューを取り出すと、亜美ちゃんは季節のフルーツパフェを指さした。私を元気付けようと気を使ってくれていることを、痛いほど感じる。

「うん、ありがと……」
「さらば、クズ男! 二度とうちらの目の前に現れんな!」

 一人だったら、きっと部屋でめそめそと泣いていた。けれど、亜美ちゃんがいてくれたおかげで、私の大学生活最初の恋はしみったれた雰囲気もなく幕を閉じることができた。

 けれど、私はこのとき、とうとう言い出すことができなかった。
 そのクズ男とのデート代を捻出するために、小学生の頃から大切にしていた万年筆を質入れしてしまったということを……。