「はい。バイトの帰りにたまたま通りかかっただけで……」
「なーんだ。残念だなぁ」

 慌てふためく私を見て、ミユさんは残念そうに口を尖らせた。
 つくも質店からここまではそれなりに距離がある。何をしていたのかと不思議がられたので、私は上野公園を散策してきたのだと正直に話した。

「ああ、観光客の人が多いけど、広いからそこまで気にならないし、博物館や美術館もあるから楽しいよね。私、あそこの大通りにある噴水を眺めながらゆっくりするのが好きだな」

 ミユさんは納得したように微笑む。
 ミユさんは先日のカジュアルな装いとは打って代わり、エレガントな雰囲気のロングドレスを着ていた。膝の上まで入ったスリットから白い足が覗いており、なぜか女の私までドキッとする。
 そして胸元には、今日もあのネックレスが輝いていた。

「ミユさんは……、お仕事中ですか?」
「私? 見ての通り」

 ロングドレスの裾をちょっと摘まんだミユさんは、まるでパーティーに行くかのように素敵だった。どこかで夜の仕事をする女性を『夜の蝶』と表現しているのを耳にしたことがあるけれど、目の前にいるミユさんはまさに蝶のように妖艶で綺麗だ。

「華やかですね」
「まぁね。でも、華やかなだけじゃないよ」

 ミユさんは肩を竦めてそう呟くと、苦笑いする。

「ねえ、梨花ちゃんは本当に真斗君の彼女じゃないの?」
「違います」
「ふーん。そっか……」

 ミユさんは期待外れとでも言いたげに、口角を下げた。
 人々の喧騒に混じり合い、横断歩道が青になったことを報せる電子メロディーが聞こえてくる。いつの間にか辺りは薄暗くなり始め、土曜日も仕事だったのか、会社帰りのスーツ姿のサラリーマンが目立ち始めていた。

「私が梨花ちゃんに『うちでバイトしないか』って聞いたとき、真斗君すぐに止めたじゃない? だから、違うって言ったけどやっぱりそうなのかなって勝手に思っていたんだけど、違うのかー」

 そう言いながら、ミユさんはどこか遠くを眺めるかのように視線を宙に投げた。
 その様子を見たら、なんとなく、ミユさんは昔恋人の男性にこの仕事に就くことを反対された、もしくは辞めてほしいと言われたことがあるのかな、と感じた。

 ミユさんは腕に嵌まった、アクセサリーのような細いデザインの時計を確認する。先日つくも質店に売却したのと同じ時計だ。

「あ。わたし、そろそろ行かないと。大事なお客さんを待っているの。じゃあね」
「はい、さようなら」