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つくも質店のある無縁坂は、坂を上れば地下鉄大江戸線と丸ノ内線の通る『本郷三丁目』駅、坂を下れば地下鉄千代田線の『湯島』駅がある。
アルバイトをしてからの帰り道、私はいつも湯島駅を使っていた。
情緒溢れる坂を下れば、ものの五分程度で湯島駅まで到着する。その湯島駅だが、実は上野公園の最寄り駅のひとつであることを知る人は、この辺りの地理に詳しい人でなければあまりいない。
その日、いつものようにつくも質店からの帰り道に無縁坂を下った私は、道路の向こう、不忍通りを挟んで反対側に池が見えることに気がついた。上野公園の中にある、不忍池だ。
珍しく昼間に手伝いに来たので、まだ日は高かった。いつもなら夕方で薄暗いので気が付かなかったけれど、つくも質店から上野公園は意外と近いのだ。
横断歩道を待つ間、そこから見える不忍池を眺める。池にはたくさんの蓮が生えているのか、緑色に繁っているように見えた。
時計を見ると、時刻は三時半。日の入りが早い季節とはいえ、まだ時間はある。そう思った私は、少し寄り道をすることにした。
「さすがにファミリーとカップルが多いなぁ」
湯島駅側から上野公園に入ると、最初に目に入るのは広大な不忍池だ。
道路の向こうから見ると蓮だらけのように見えたけれど、池が大きいのでそれはごく一部に過ぎなかったようだ。両側に池を眺めるように通った遊歩道を歩くと、左側のたっぷりと水を湛えた池には、ちらほらと手漕ぎボートやスワンボートが浮いているのが見えた。
あのスワンボート、楽しそうに見えて漕ぐのが自転車みたいでめちゃくちゃ大変なんだよなぁ、なんて、数年前に山中湖に家族旅行で行ってボートを漕いだ日の事が思い浮かび、口許が綻ぶ。
その池の遊歩道を歩き始めてすぐ、私は気になるものを見つけた。池の合間の中島のような場所に、八角形の不思議な建物があるのだ。水色の屋根に赤い柱、白い壁はなんとなく中華風な感じ。もちろん、中国になんて行ったことはないけれど、イメージ的にね。