「えーっと、一〇万円くらい?」

 私はおずおずと予想額を伝える。
 シャネルというブランド名は聞いたことがあるし、デパートの高級ブランドが集まっているフロアの一角にあるのを見たことがある。けれど、残念ながら店舗に足を踏み入れたことは一度もない。
 革製のノンブランドハンドバックが二万円くらいとして、高級ブランド品ならその五倍くらいかな、と思ったのだ。

「はずれ。その六倍以上」
「六倍!?」

 あまりに高額で、私は大きな声で聞き返してしまった。六倍って、六〇万円ってこと? 六〇万円! 時給千円のバイトを六〇〇時間やってようやくハンドバッグ一つ!?

「た、高い……」
「高いかどうかはその人の価値観によるんじゃねーかな。現に、その額を払っても持ちたいと思う人がたくさんいるわけだし、質屋市場でも人気がある定番なんだ。マトラッセって呼ばれるシリーズでさ、あの皮のダイヤ柄が特徴。皮はラムだけど最高級品を使用しているし、裁縫も繊細かつ丁寧だ。それに、デザインが洗練されている」

 男性なのに女性向けブランド品のことについてスラスラと喋れるあたり、さすが質屋の息子だと思った。

「ただ、だからってそれのイミテーションを作って売るなんて論外だし、そうと知っていて購入した物をまるで本物のように振舞って人にプレゼントするのもどうかと思うよな。多分、ミユさんともっと親しくなりたくて、たいして何も考えずにやったんだろうけどさ。遠野さんが言うとおり、犯罪になる可能性だってある。なによりも、そのブランドが長年かけて築いてきた消費者からの信頼や価値を損ねることにもなる。ああいうのってさ、デザイナーが色んな思いを込めて世の中に送り出してるんだよ」

 強い不愉快さを表すかのように、語気が少し強くなる。
 真斗さんは小さく嘆息すると、カウンターの中から貴金属を拭くクロスを取り出し、今買い取ったばかりの商品を丁寧に拭き始めた。そして、店舗の一角、綺麗に清掃されたシンプルな台にそれを置く。

 私はデジタルカメラを手にそこに寄ると、画面を覗いて構えた。カシャっと撮影効果音が鳴る。
 モニターの向こうでは、小さな石が付いたネックレスが照明の下で輝いていた。横に置かれた箱には、女子大生である私にも馴染みがある割と手の届きやすいアクセサリーブランドのロゴが入っていた。

「これは庶民的なんですね」