「遠野さん、今日の夕食は?」

 麦茶を沸かしていた真斗さんが、奥からひょいっと顔を出す。

「夕食? 食べますけど?」
「そうじゃなくって、今日は親の都合で家に食事がないって前に言ってなかったっけ? 弁当注文するから食べていく?」
「え? いいんですか?」
「いいよ。一つの注文も二つの注文も、同じだし」

 実は今日は、お父さんは仕事で出張、お母さんも会社の飲み会があって、夕食がないのだ。前回の店番のときにちらっと喋っただけなのに、覚えてくれていたことにびっくり。
 
「じゃあ、お願いします」
「あいよ」

 真斗さんはスマホをポケットから取り出すと、何処かへ電話し始めた。「いつものやつを二つ」なんていう台詞が聞こえてきたから、よく使っているお弁当屋さんなのかもしれない。

 三〇分程して若い配達の方が持ってきたのは、二段のお重に入った重箱弁当だった。

「またお願いします」
「はい。ありがとうございました」

 そんなやりとりを終えた真斗さんがお弁当を座卓に並べてくれたので、ありがく目の前に座る。

「「いただきます」」

 手を合わせると二人で息のあった挨拶をする。紙製のお重に触れると、まだほんのりと温かかった。割り箸を割って一口食べると、お米が驚くほど美味しい。

「美味しい……」
「だろ? 契約農家から取り寄せた米を土釜で炊いているって言ってた」
「へえ」
「ココノベントウハ、サイコーダヨ」

 なぜかご飯を食べないはずのフィリップまでもが横から口添えしてきた。おかずも一口食べると、薄味の優しい味わいがした。

「よく頼むんですか?」
「週に二回くらいかな」
「ふうん」

 いつも一人で食べているのだろうか。お母さんはどうしているのかな? そんな疑問は次々に湧いたけれど、なんとなく聞くのはためらわれた。