そして、なぜ私が初めて無縁坂を通りかかった際に真斗さんは和装姿だったのか。

「真斗さん、五月祭のとき和装姿で歩いてましたよね」
「は?」

 その質問をした瞬間、真斗さんの鉄板のポーカーフェイスが崩れてだいぶ狼狽えていた。ちなみに『五月祭』というのは東京大学本郷キャンパスで毎年五月に行われる学園祭の名称だ。どうやら、真斗さんにはそのときに無縁坂で私とすれ違ったという認識は一切なかったようだ。

 渋る真斗さんを散々追及すると、やっと教えてくれた理由は意外なものだった。オチケン──正式名称、落語研究会に入会している友人に学園祭での客寄せチラシ配りを手伝えと頼みこまれ、無理やり着せられた和装姿で手伝った後につくも質店に帰る途中だったということだ。

 うん、その友人の気持ちはよくわかる。
 真斗さんはとても整った見目をしている。だから、あの和装姿でにこやかに客寄せすれば女性客がたくさん来てくれそうな気がする。
 普段の様子から、果たしてにこやかに接客することかどうかは不明だけど。とにもかくにも、あの姿は滅多に見られない貴重なショットだったらしい。

 くぅ! 写真を撮っておけばよかった。

「似合っていたからもう一回着て下さい」

 そう言った瞬間、真斗さんは物凄く嫌そうな顔をする。

「ふざけんな。断る」

 冷たく一蹴されてしまった。つれないねぇ。もう見られないなんて残念だ。

「マナト、オカエリ、オカエリ」
「おっす、ただいま」

 スニーカーを脱いでいる真斗さんの元に緑色のインコ──フィリップが飛んで行き、トントンと躍りながら喜びを表す。

 ところでこの『フィリップ』という名前、最初に聞いたときは大笑いしてしまった。
 だって、インコに『フィリップ』だなんて、意外すぎて。ディズニーの有名映画、『眠れる森の美女』の王子様の名前だよ? よくよく聞けば命名は真斗さんらしく、笑われたことにふて腐れていたので悪いことをしてしまった。

 フィリップはバサリと羽ばたいて奥の台所に向かった真斗さんの肩に飛び乗る。シロも真斗さんの足下に寄り、すり寄っている。
 若い男性が肩に緑のインコを乗せて足下に猫を従えたこの光景も相当笑えるんだけど、笑うと絶対に怒られちゃいそうなので黙っておこう。

 私は台所からこちらに戻ってきたシロを抱き寄せると、お腹のあたりをくしゃくしゃと撫でて遊ぶ。「ニャー」と小さな悲鳴が聞こえた。