「ありがとう。梨花ちゃん、惜しかったね」
 
 そう言われた瞬間、カッと目の前が赤く染まり、色々な感情が自分の中で渦巻くを感じた。

 ──あんたなんかに、言われたくない!

 思わず、そんな言葉を吐き出しそうになる。気持ちが荒ぶる私を慰めるように、その頃には常に私の周りにいるようになっていたシロが擦り寄る。
 柔らかな感触が足に触れ、ささくれ立った感情が幾分か収まった。

「ううん、私はまだまだだよ。追いつけるように、頑張る」

 すうっと息を吐いて気持ちを落ち着かせる。にこりと笑いかけると、目の前の子は、それは嬉しそうにはにかんだ。

 頑張るという言葉とは裏腹に、そのときから私は小説を書くのを止めた。
 書く気が失せたというか、何もかもが嫌になったというか。
 サークル誌の原稿には、高校生のときに書いた原稿を使いまわして提出した。
 万年筆は見るのが辛くなって、箱に入れっぱなしのままインクごと机の奥にしまい込んだ。

 そんなときに、健也と出会った。
 何度もオーデションに落ちてもめげずにアーティストを目指してチャレンジする姿に惹かれたのは、自分には成し遂げられなかった夢の実現を彼に重ねて叶えようとしていたからかもしれない。

 今思い返せば亜美ちゃんが言うとおり、健也の態度にはおかしな部分がたくさんあった。けれど、私はそれに気が付かないふりをして目を逸らし続けた。

 本当に、なんて馬鹿なんだろうと呆れてしまう。けれど、そんな馬鹿な行動をし続けたのは、紛れもなく私自身だ。

 ──結果、私は大切な万年筆を質に入れた。