そのときだ。黙って私と真斗さんのやり取りを見守っていた飯田さんがポンと手を叩いた。

「そうか。きみがこの子の持ち主か」
「え?」

 この子って? と振り向くと、飯田さんはにこにこしながらこちらに近づき、シロを抱き上げた。私は驚いて飯田さんを見つめた。
 そんなことはあるわけがない。だって、シロは──。

「……見えるの?」
「もちろん。まだそんなには経っていないみたいだけど、付喪神が付くなんて、きっと大切にしていたんだろうと思っていたんだよ。そうか、きみか」

 飯田さんはシロの頭をくしゃりと撫でた。

「付喪神?」
「物に宿る神様だよ。知らなかったわけ?」

 真斗さんが呆れたように横から口を挟む。
 付喪神? 物に宿る神様? 
 知らないよ、そんなの。
 シロはシロだ。いつからかふらりと現れた私だけにしか見えない、不思議な猫だ。

「そうだ。いいこと考えたよ」
「いいこと?」
「えーっと、遠野梨花さんだっけ? きみ、うちで手伝いしないかい?」
「「え!?」」

 突拍子もない提案に、私と真斗さんが同時に驚きの声を上げる。

「真斗に五万円借りたんだろう? それは私が立て替えよう。その代わり、五万円分働いてくれないかい?」
「どういうことだよ、親父」

 真意が摑めず、真斗さんが問い詰めるように飯田さんに尋ねる。

「真斗、最近は研究が忙しいから店番するのが難しいって言っていただろ? 査定以外の業務を梨花さんに変わってもらえたら、だいぶ助かるんじゃじゃないか? 付喪神が見えるなんて、早々いる人材じゃないぞ。そうだな、時給千円換算で五十時間分勤務するのはどう?」
「いいんですか?」

 私は驚いて、呆然としたまま飯田さんを見返す。大手チェーンのファミレスでバイトはしているけれど、シフトが固定されているので五万円の余剰資金を生み出すのは結構大変というのが正直なところ。五十時間の手伝いと引き換えに万年筆を返して貰えるのは、本当にありがたい申し出だった。

「いいよ。梨花さんがやってくれたら、助かるなぁ」

 にこりと微笑む飯田さんの笑顔にジーンとくる。

「やります! 私、やります。やらせて下さい!」

 こうして、私のつくも質店での不思議な日常が始まったのだった。