熱海温泉つくも神様のお宿で花嫁修業いたします

 

「そ、そうだったんですね……。すみません、私、すっかり勘違いして……」

 また顔を赤くした花は、俯いたまま身の置きどころがなくなったように肩を狭めて謝った。

「おふたりがあまりにお似合いだったので、なんだか勝手に自己嫌悪して、傘姫様に余計なことを言ってしまって……」

 「申し訳ありませんでした」と再度頭を下げた花は、ようやくそこで自分の失態に気がついた。
 よくよく考えれば、自己嫌悪して落ち込む必要すらなかった。花は本当に八雲の嫁候補というわけではない。それなのに今の言い方ではまるで、花が八雲と傘姫の仲を疑っていたみたいに聞こえて当然だろう。
 花を八雲の嫁候補だと信じている傘姫からすれば、花は自分にヤキモチを妬いているのだと思っただろうし、自分のせいで花に嫌な思いをさせてしまったと考えたに違いない。

「ほ、本当に申し訳ありませんでした……!」

「ふふっ、ごめんなさい。私が初めにきちんとご説明をしておけば、あなたを不安にさせることもなかったですね」

 やっぱり……と、花は穴があったら入りたい気持ちになったが、まさかここで「自分は本当は八雲の嫁候補ではない」と打ち明けるわけにもいかないので、口を噤むことしかできなかった。

「でも今日は、巷で噂になっている八雲さんのお嫁様に会えると思って、楽しみにしていたの。だからどうか、許していただけると嬉しいのだけれど……」

 頼りなく眉尻を下げて花の様子を窺う傘姫は、まるで可憐な少女のようで、小さな表情の変化すら美しい付喪神様だった。
 対して今、傘姫が口にした『巷で噂になっている』──とは、花も既に承知している話で、【あの八雲がついに嫁を娶る気になった】というものに他ならない。

『ここ最近つくもを訪れた付喪神たちが口々に、噂を広めているのですよ』

『八雲坊がついに嫁を摂る気になったということから始まり、あの虎之丞を八雲坊の嫁が言い負かしたとか、八雲坊の嫁は大食漢の大女だとか、いろいろと尾ひれはついているようですが……』

『おかげで八雲坊の嫁とり問題が、付喪神界隈で問題視されることはなくなりました』

 それは数日前に、黒桜から聞かされた話だ。
 【巷の噂】は花からすると迷惑千万以外の何物でもないが、八雲の嫁とり問題回避のことを考えたら、噂が広まるのは何よりの成功に他ならないと、黒桜は笑った。

『最近では常世の神も、八雲の嫁問題はどうなったとつついてくることもなくなったしのぅ』

 花にとってはぽん太の言う常世の神が、どれほどの存在なのかはわからないが、兎にも角にもカモフラージュできているのならお役御免にならずに済むという話だ。
 『これで花が本当に、八雲の嫁になってくれたら、わしも黒桜もひと安心なんじゃが……』と続けられた言葉は、聞かなかったことにしている。

「八雲さんのお嫁様が、まさかこんなに可愛らしい方だなんて。やはり噂は、あてにはならないものですね」

 傘姫は一体、どの尾ひれのことを言っているのだろうと花は内心不安になったが、それを聞くほど花も噂を気に病んでいるわけでもなかった。

「いやいやいや、傘姫様に比べたら私なんてミジンコ以下ですから……。八雲さんも今の話を聞いたら、鼻で笑って終わりだと思います」

 口ではそう言ったものの、考えてみると花は八雲の笑った顔を一度も見たことがなかった。
 いつでも仏頂面で眉間にシワを寄せていて、疲れないのかと聞きたくなる。