「みなさま、お久しぶりでございます」
鈴を転がすような声が雨音を潜って耳に届く。
ハッと我に返った花は慌てて傘姫を出迎えようと足を前に踏み出したが、前に立つ八雲が一足先に、傘姫をつくもの中へと招き入れた。
「傘姫。ようこそ、いらっしゃいました。今年もお待ちしておりました」
優雅な仕草で傘姫の手から和傘を受け取った八雲は、傘を閉じて雨を払った。
代わりに自身が開いた傘に彼女を入れると、慣れた様子で傘姫を玄関までエスコートする。
「八雲さん、いつもありがとうございます」
「いえ、とんでもございません。こちらこそお足元の悪い中お越しくださいまして、誠にありがとうございます」
しとやかに微笑む美女と、憎らしいほど隙のない美男。
ふたりが並ぶと、まるで絵画のように美しく、花は呆然と立ち竦んでいることしかできなかった。
「ここから先は、こちらの仲居がお部屋までご案内いたします」
「え……。あ……っ、も、申し訳ありません!」
八雲の声に再び我に返った花は、慌てて深く頭を下げた。
「本日、仲居を勤めさせていただきます、花と申します。すぐに、お部屋までご案内させていただきます!」
そして、改めて自分の口で挨拶をすると、傘姫に恐縮しながら彼女を用意していた梅の間へと案内した。
傘姫を部屋まで連れて行く間、花の脳裏にはふたりの姿が焼き付いて離れなかった。
それほど花の目にはふたりがお似合いに見えたのだ。旗から見たらまるで、恋人同士のような──理想的なふたりだった。
「お食事まではまだお時間がございますので、その間、是非つくも自慢の温泉をお楽しみください」
結局、案内を終えるまで傘姫と会話らしい会話をすることもできず、接客面を見たら最低点に違いない。
それでもなんとかひと通りの説明を終えた花は、三つ指をついて頭を下げると、梅の間をあとにしようとした。
「ご丁寧に、ありがとうございます」
もう何度か口にした挨拶は、虎之丞以外の付喪神たちはすんなりと受け入れてくれた言葉だ。傘姫も他客と違わず、花に答えるように返事をしてくれた。
「では、私はこれで失礼いたします──」
けれど、そう言った花がゆっくりと顔を上げると、座卓の前に姿勢良く座った傘姫の清廉な眼差しと目が合った。
その瞬間、また花の脳裏には寄り添うふたりの姿が浮かんで、畳についた指先に力が篭る。
(なんか、なんだか……)
先程からずっとモヤっとしたものが、花の胸の奥で疼いている。
立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花……というのはまさに、傘姫のためにあるような言葉だ。同時に、今更ながら八雲は、そんな傘姫と並んでも遜色ない色男なのだと思い知らされた。
ふたりが並ぶと大人の色香さえも漂ってくるようで、まるでふたりだけが別の次元にいるようだった。
しかし、八雲の隣に花が並べば、決してああはならないだろう。
(別に私は八雲さんの本当の嫁候補なわけでもないし、傘姫と比べたら見劣りするとか気にする必要もないんだけど……)
それでも自然と、花の視線は下へ落ちてしまう。
花は初めて、人は隣に立つ人によって、他者へ与える印象も変わるのだと気付かされたのだ。
傘姫と並ぶ八雲は、それほど高潔で、これまで見たこともないほどの品位を感じさせた。



