「ま、魔法みたい……」
「神術だよ」
ちょう助はさも当然のことのように答えたが、人である花からすれば、まるでお伽噺の世界を覗いているようだ。
「ああ……いました」
と、しばらく集中していた黒桜が、何気なくそう言って目を開けた。
すると今の今までパラパラと捲られていたページがピタリと止まり、黒桜は人差し指でそこに書かれた文字をなぞった。
「筆の、付喪神……?」
「ええ、何人かいて探すのに手こずりましたが、熱海に縁のある文人に仕えていたものを拾い上げてみました」
つまり今、黒桜は数ある付喪神たちの中から、筆の付喪神だけを寄りすぐっていたのだろう。
更にその中から目当ての付喪神を探し出し、拾い上げたというわけだ。
「く、黒桜さん、すごすぎます! ほんとにパソコン以上ですよ! さすがです!」
花が褒めると、黒桜は照れながらもフフンと鼻を高くした。そして「本題はここからです」と言って、嬉しそうに話の続きを始める。
「付喪神になるほど長い年月を生きた"もの"は、基本的には持ち主に大事にされていたものがほとんどなのです」
ただし、例外はある。ちょう助のように置き去りにされ、ひとり寂しく年月を過ごしたものも中にはいるということだ。
「だから付喪神のほとんどが、己の主人のことを生涯忘れることはないのです」
「……俺も、前の主人の顔はちゃんと覚えてるしね」
寂しそうにちょう助が言う。付喪神は基本的には人と共存して生きているものなのだ。
だから今のちょう助の主人は、ちょう助を見つけ出した八雲ということになるのだろう。
それでも付喪神は主人が変わっても、前の主人のことを忘れない。だからちょう助は、自分を捨てた前の主人の顔を、今でも忘れられずにいるのだろう。
「そして大抵、付喪神は主人の愛したものを愛する傾向がある。つまり、付喪神の食の好みは仕えていた主人の好みと似るということです」
そう言うと黒桜は改めて、開かれたページに目を落とした。
「そんな彼らの好物を見ると……。ふむふむ、洋食なら【ビーフシチュー】が好きという意見が多いですね」
「ビーフシチュー?」
黒桜の言葉に、花は驚いて目を見張った。ビーフシチューなら確かに肉料理と言えるだろうが、文豪たちが愛したビーフシチューとは一体どのようなものなのだろう。
「あ……そういえば、前に登紀子さんが、熱海にはとろとろの絶品ビーフシチューを出す老舗洋食店があるって言ってたような……」
「と、とろとろの絶品ビーフシチュー……!?」
「うん。濃厚なデミグラスソースには野菜の旨味が凝縮されていて、お肉はナイフがいらないくらい柔らかくて、口に入れた瞬間にホロホロっと溶けるんだって」
ちょう助の言葉を聞いた花は、思わずゴクリと喉を鳴らした。そんなビーフシチューがあるのなら、是非一度……と言わず何度でも、お目にかかりたいというものだ。



