「アンタがやってることは、恋じゃない! ただの不倫だからね!」

(え……ナニコレ? 嘘だよね? 悪い夢だよね?)

 花は自分の頬をつねってみた。
 すると、ピリとした痛みが頬に走る。
 続いて花は縋る気持ちで杉下へと目を向けたのだが、杉下は縮み上がって奥様らしき彼女の後ろで固まっているだけだった。

「この件はすべて、会社に報告させてもらいますから! あと、慰謝料請求もさせてもらうわ! アンタみたいな泥棒猫、社会的に抹殺してやるから今に見てなさい!」

 激昂した奥様の行動力は相当なものだった。
 結果、その言葉の通り、翌日には花と杉下が不倫関係であったということが会社の上層部に報告された。
 しばらくして杉下は別部署に転属。花は周囲から白い目で見られることに耐え兼ねて、結局本社に出向後わずか三ヶ月で自主退職まで追い詰められた。
 退職するまでの数週間は、名前をもじられ周りに【脳内お花畑女】とまで呼ばれて心を病む手前だった。
 不幸中の幸いと言ってはなんだが、メッセージのやりとりから花は杉下が結婚していることは知らなかったということだけは奥様に証明できて、多額の慰謝料を支払うことは回避できた。
 だけど残念ながら、職と恋だけでなく、社員寮住まいだったために住む家まで三つ巴で失ったのだ。
 そんなこんなでとりあえず、父の住む静岡市内の実家に帰ることになった花は今、帰る前に失恋&失業旅行でここ、熱海の地を訪れていた。

「はぁ〜……これから、どうしよう」

 幸い、幼い頃からの貧乏生活のおかげで倹約が染み付いており、貯金の残高はそこそこある。
 だけど生活のためにはすぐにでも新たな職を見つけなければならないし、良い年をしていつまでも実家にお世話になるわけにもいかないと花は頭を悩ませていた。