「あ、あのっ。なんだかそれって、すごく変な感じがするんですけど……!」

「変な感じ、とは?」

花が思わず声を上げると、黒桜がキョトンとして首を傾げた。

「いや、その……。もちろん、代々続くものを守っていかなければいけない使命感?みたいなものがあるのもわかるんですけど……。でも、それを理由に結婚するのは変だし、そもそも結婚して家を守り支えていくのって、それこそある程度の覚悟と当人同士の気持ちがなきゃできないことですよね?」

真っすぐな花の言葉を聞いた黒桜は驚いたように目を見開き、反対にぽん太は緩やかに目を細めて口角を上げた。

「だから八雲さんが嫁探しをしないのも、本当はそういうことに疑問を持っているからじゃ──」

「井戸端会議もいいが、仕事はしっかりやっているんだろうな?」

 そのとき、不意に届いた声に花は出かけた言葉を飲み込んだ。
 ふらりと現れたのは八雲である。若竹色の着流しをまとい、純和風の回廊に立つ姿はそれだけで風情がある。

「や、八雲さん……いつから……」

 花は今の今まで話していたことを聞かれていたのではないかと肝を冷やしたが、八雲は相変わらず顔色ひとつ変えることはせず、淡々と要件だけを述べていった。

「週末は確か、傘姫(かさひめ)が来るだろう。ということは、ここにも久方ぶりに雨が降る。外の掃除は早めに済ませておくべきだ」

 言いながら、八雲は窓の外を眺めた。均整のとれた横顔は今日も美術品のように美しいが、どこか遠くを見るような目をしている。

「そうでした、傘姫がいらっしゃるのでした」

「おお、今年ももうそんな時期かのぅ」

「あの……傘姫って?」

 花が尋ねると、黒桜が柔らかな笑みを浮かべて質問に答えてくれる。

「傘姫は、大番傘の付喪神なのですよ。普段は鎌倉の寺院に勤めておられて、つい五十年ほど前から年に一度だけ決まった日に、つくもを訪れるようになったのです」

 黒桜の言葉に花は目を丸くした。虎之丞をもてなしたあと、数人の付喪神様をおもてなししたが、毎年決まった日に訪れる付喪神様というのは初めてだ。

「そうなんですね。でも傘姫は、どうして年に一度、決まった日につくもに来るんですか?」

 花の質問に、何故か黒桜は曖昧な笑みを浮かべる。そんな黒桜を前に花は思わず首を傾げたが、代わりにぽん太が花に説明しようと口を開いた。

「それはなぁ、その日が傘姫の──」

「それ以上は説明する必要はないだろう」

 しかし、そのぽん太の言葉を八雲が切った。

「傘姫の事情は、こいつには関係のない話だ。こいつは一年後には現世に戻り、ここにはいない。つまり傘姫に会うのも今回だけ。だからお前は余計なことは考えず、ただ今回の一日、傘姫をもてなすことだけを考えていろ」

「な……っ!」

 けんもほろろな八雲の言葉に、花はつい眉根を寄せた。黒桜とぽん太は苦笑いを溢して、額に手を当てている。

(な、なんなの、その言い方……! やっぱりこの人に、一瞬でもときめいた自分がバカだった……!)

「あ、あのですねぇ──」

 花は咄嗟に反論しようと身を乗り出した。
 けれど、すぐに先程のぽん太たちとの会話を思い出すと出かけた言葉を飲み込んだ。

『一年間で善ポイントが溜まったら、私は現世に帰りますから! これは決定事項なので!!』

 確かに八雲が今、言ったとおりだ。花自身が先程宣言したとおり、一年分の善ポイントが貯まったら、花は現世に帰ろうと思っている。
 だから傘姫と会うのも今回限りになるだろう。
 それなのに傘姫の事情を知りたいと思うのは、ただの好奇心に過ぎず、野次馬根性に他ならない。