「そうは言ってもあまり食べすぎると、お前さんもたぬきになるぞぃ」
「う……っ、それ、今言わないでくださいよ」
考えていたことをグサリと言い当てられた花は、「ごちそうさまでした」と呟きスプーンをお皿の上に置いた。
空になったカップを見ながら、改めて美味しかったなと余韻に浸るあたり反省はない。
「いやいや、それを言うなら、今こそしっかり食べておくべきときなのではないでしょうか? ほら、良い子を産むには栄養をつけることが必要と言いますし」
「な……う、っ! ご、ゴホッ、ぐっ、黒桜さん、冗談やめてください……!」
ぽん太の隣で、黒桜が笑顔で爆弾のような言葉を投下した。水を口にしたばかりだった花は咳き込みながら黒桜に抗議をしたが、当の本人はなんのそのといった表情をしているから、たちが悪い。
「いえ、決して冗談などではありませんよ。花さんは、子供は何人ほしいなどの希望はないのですか?」
「い、いやいやいや、だから話が飛びすぎですってば……! そもそも、嫁候補っていうのも、八雲さんとただ利害が一致したってだけですし! 一年間で善ポイントが溜まったら、私は現世に帰りますから! これは決定事項なので!!」
再度水で喉を潤した花がキッパリと拒絶を示すと、ぽん太と黒桜はあからさまに残念そうに眉尻を下げた。
ちょう助は三人のやり取りに苦笑しながら、メニューの書かれたノートに何かを記している。
「そんなに八雲の嫁になるのが嫌かのぅ?」
「八雲坊、かなり容姿は整っているほうだと思うのですがねぇ……」
「だ、だから、そういう問題じゃないですし! そもそも八雲さんだって私を本気で嫁にしようなんて思ってないのに、結婚なんて話になるわけないじゃないですか!?」
ましてや子供の話など先走りもいいところだ。
真っ当な反論に、ぽん太と黒桜は今度こそシュンと肩を落としたが、反省している様子はなかった。
対して花は、虎之丞から自分を庇ってくれた八雲の姿と言葉を思い出し、なんとも複雑な思いを胸に燻らせた。
(そりゃ、あのときは少しドキッとしたけどさ……)
『花を貶めるのであれば容赦はしない』
『妻である花を守るのは夫となる自分の役目』
有無を言わさぬ口調で言った八雲は、正々堂々、潔かった。
もちろんそれがあの場を乗り切るための口実だとしても、乙女心というやつは単純で、ときめいてしまったのも事実だ。
けれど、だからといってその後、八雲との間に何か進展があったわけではない。
ひとつ屋根の下に暮らしていようが、ラブロマンスの欠片も起きる気配は皆無。
あくまで主人と従業員。仕事上で話をすることはあるが、それだけだ。