「ちょう助くんの作るお料理を食べると、頑張ろうって思えるの。何よりちょう助くんの作る料理が美味しいんだってこと、私はよく知ってるから……これからも、自信を持ってお客様にお出しできるよ」

 美味しいご飯には人を笑顔にする力がある。
 花は今回、それを身を持って実感した。
 つくもに来てからの不安な日々も、ちょう助が作ったご飯を食べたら不思議と元気になれたのだ。

「本当に、ありがとう」

 花はもう一度ちょう助にお礼を言って笑った。
 けれど花のその笑顔を見たちょう助は、一瞬だけ苦々しい顔をして、また視線を斜め下へと落としてしまう。

「ちょう助くん?」

「俺……もともとは、熱海にあった小さな旅館で使われていた包丁なんだ」

「え……」

 突然、ぽつり、ぽつりと話しだしたちょう助の言葉に、花は驚いて目を見張る。

「毎日毎日、お客様のために美味しい料理を作ろうって頑張ってた。でも、結局その旅館は潰れちゃって……。それで、俺は中途半端に片付けられた荷物と一緒に、廃旅館に置き去りにされたんだ」

 埃っぽい段ボールの匂いと、光の差し込まない闇の中。人に使うだけ使われて置き去りにされ、何年、何十年と、ちょう助はひとり寂しい日々を過ごした。

「真っ暗な世界でずっとずっと考えてた。人なんて、ものを使うだけ使って用がなくなったら簡単に捨てるんだって……ずっと、そう思ってた」

 暗闇の中で蹲るちょう助の姿を想像したら、花は胸が酷く痛むのを感じた。

「でも、ある日、八雲さんが俺を助け出してくれたんだ。それで、つくもの料理人見習いとして雇ってくれて、登紀子さんに弟子入りさせてくれた」

「八雲さんが……?」

 ちょう助の口から飛び出した八雲の名前に、花の鼓動がトクリと跳ねる。
 不思議とそのときの光景を思い浮かべると胸の奥が温かくなって……花はなぜだが、心臓が高鳴るのを感じていた。

「俺、人なんて大っ嫌いだと思ってたけど、でも、付喪神にも色々いるみたいに、人にもいろんなやつがいるんだよな」

 ちょう助の言うとおり、付喪神様も色々だと花は今回のことで嫌というほど思い知った。

「俺、人は嫌いでも、多分お前のことは嫌いじゃない。だから……今まで、本当にごめんな。お前こそ良ければ……じゃなくて。花こそ良ければ、これから、仲間として一緒に頑張ってもいいかな?」

 ちょう助が、初めて花を名前で呼んだ。
 それに言いしれぬ感動を覚えた花は、思わず両手で自身の口元を覆い隠した。

「……花?」

(危ない、嬉しすぎて思わず叫ぶところだった……っ!)

 顔を真っ赤にして視線を斜め下へと逸らすちょう助は、たまらなく可愛い。
 可愛くて愛しくて、思わずギュッと抱き締めたい衝動に駆られたが、花はグッと堪えて笑顔を浮かべた。

「もちろんっ! これからも、よろしくね!」

 真っすぐに差し出した手に、小さな手が重ねられる。
 その光景を、受付の奥からぽん太と黒桜がひっそりと微笑みながら眺めていた。
 外は身が切れる寒空だったが、花の心は明かりが灯ったように温かく、潤っている。
 翌日、晴れやかな笑顔で宿を出た虎之丞を見送った花は、改めて言葉にできない喜びを感じた。