「あ、あのっ! 先日は、すみませんでした……!」
花が声をかけると八雲は足を止めて視線だけで振り向いてみせる。
「……なんのことだ」
「わ、私……。何も知らずに、生意気なことばかり言っちゃって……。八雲さんは本当は、前の仲居さんのことを守ろうとしてたんですね……」
おずおずと尋ねると、八雲は短い息を吐く。
「守ろうとしたところで守れなかったら意味がないだろう。だから別に、お前は何も間違ったことは言ってない」
「で、でも……っ」
「俺はお前の言うとおりだと思ったから、そのように振る舞っただけだ。だからお前に謝られる筋合いはない。わかったらさっさと仕事に戻れ、また苦情が入れば今度こそ地獄行きとなるかもしれないぞ」
先程の虎之丞の萎れぶりを思えば、そうなることもないと予想はつく。
けれど八雲はそれだけ言って、踵を返して行ってしまった。
その八雲の背中を見送りながら、花は思わず自分の胸に手を当てる。
(いけ好かない奴だと思っていたけど……なんだかんだ、悪い人ではないってことだよね……)
「……なぁ、さっきはありがとな」
「え……っ!?」
と、花が八雲の背中を見ながら物思いにふけっていると、不意に背後から声をかけられた。
弾かれたように振り向くと、ちょう助が上目遣いで花のことを見上げている。
「あ、ありがとうって、どうして?」
「だって、お前のおかげで、虎之丞さんに料理を食べてもらえた。だから……ありがとう。助かった」
ほんのりと赤く染まった頬はまるで先日見た梅の花のようで、ちょう助は恥ずかしそうに視線を斜め下へと逸してしまう。
「それと俺も……この間は、お前を突っぱねるようなことして、本当にごめん」
ちらりと窺うように花を見るちょう助を前に、花の顔には笑顔が咲く。
「う、ううん! こちらこそ、あのときは手も洗わずに勝手に厨房をウロウロしてごめんね。ちょう助くんのおかげで、今回は地獄行きも免れたよ、ありがとう!」
元気よく応えた花は、これまで食べてきたちょう助が作ってくれたまかないを思い出した。