「な、なんじゃ、八雲……っ。貴様までわしに楯突こうというのか!」

 八雲は声を上げた虎之丞に答えるように一度だけ瞼を閉じる。

「いえ、滅相もございません。しかし、部下の無礼は、このつくもの九代目を務める(わたくし)の責任。なのでお叱りはいくらでも私が受けますので、何卒この娘については不問にしていただくようお願い申し上げます」

 そう言うと八雲は、手をついて虎之丞に頭を下げた。
 突然のことに、そこにいる誰もが驚き目を見張って息を呑む。

(な、なんで……?)

 花も事態を飲み込むことができずに、ただ呆然と低くなった八雲の背中を見つめることしかできなかった。

「な、な……っ、なんでお前がそこまでこの娘を庇うんじゃ!」

「それは今申し上げましたとおり、こちらの娘が私の部下であるからです。……そして何より、先刻うちのぽん太がご説明したとおり、こちらの娘は私の妻になるべく現在花嫁修業中の身なのです」

「あ……」

 目を丸くした虎之丞は、怒りのあまり今の今までスッカリそのことを忘れていたらしい。
 途端に焦りが虎之丞の表情に浮かび、視線が居場所を失くしたように左右へ泳いだ。

「そ、そうか……。じゃ、じゃが、それとこれとは話が……」

 かくいう八雲は、虎之丞のその心の揺れを見逃さない。
 自然に瞳から温度を消すと、改めて姿勢を正して虎之丞と対峙した。

「というわけで……ここからは、僭越(せんえつ)ながら私個人の気持ちを述べさせていただきます」

「な、なんじゃと……?」

「先ほどの虎之丞殿のちょう助への侮辱の数々に、私はつくもの主人として、大変な憤りを覚えました」

 虎之丞のように声を張り上げているわけでもない。それでも八雲の言葉には有無を言わさぬ力強さがあって、虎之丞はとうとう口を噤んだ。

「前任の仲居についても、私の力が及ばず守り切ることができませんでした。あのとき私がもっとしっかりと盾になることができていれば、自ら職を辞すという選択をさせるようなこともなかったでしょう」

 八雲の言葉に花は思わず目を丸くする。
 花が思い出したのは数日前、八雲に啖呵を切ったときのことだ。
 あのとき花は、『前の仲居が辞めたのは、八雲のせいだ』というようなことを言って八雲を責めた。
 その上、『従業員を守れない主人など、主人失格だ』とも言ったのだ。
 だけど今の言葉を聞いた限りでは、八雲は前任の仲居を守ろうと尽力したということだった。

(そうとは知らずに、私はあのとき八雲さんに酷いことを……)

 青ざめる花の隣で、八雲は淡々と言葉を続ける。