「……おい、娘」
「はい、いかがなさいましたか」
「すり胡麻のソースでも食べられると言ったが、どうすればいいんじゃ」
その質問に、花はぽん太とちょう助の三人で、てんすけ茶屋に行ったときのことを思い出した。
思わず花の表情が綻ぶ。そうして花は元気よく、「こちらのすりこぎで胡麻をすってから、お好みでソースとからめてお召し上がりください!」と答えた。
それからは、あっという間だ。
虎之丞は見かけどおり豪快に活きあじフライに齧り付くと味を変えながら、用意されれていた二枚をペロリと食べきった。
揚げたての活きあじフライの美味しさを、花は身を持って知っている。
夢中になって活きあじフライを食べ終えた虎之丞は、空になった器を見たあとわざとらしく咳払いをしてから箸を置いた。
「……コ、コホン。掛軸には油ものは大敵だからな。これまで本能的に、揚げ物を避けていたんじゃ」
大柄な身体とは裏腹に、なんと可愛らしい言い訳だろう。
付喪神についてまだよく知らない花は、言われてみればそういうこともあるのかもしれないと思って微笑みながら頷いた。
「そうだったんですね。それはこちらの配慮が足りず、申し訳ありませんでした」
花の素直な受け答えに、虎之丞は一瞬狼狽える。
「だ、だがしかしっ、先ほどの貴様の態度は気に食わんっ」
「え……」
そして、あろうことかまた駄々をこねだした。
「客に対して、仲居が偉そうに意見するなどあり得んだろう! わしが気に食わんと言ったら気に食わん! 気に食わーんっ!!」
散々文句を言っておいて、活きあじフライを二枚とも綺麗に平らげた。そうなるともう、プライドの行き場もなくなり引っ込みがつかなくなったのだろう。
虎之丞は捲し立てるようにそう言うと、また花を鋭く睨みつけた。
確かに虎之丞の言うとおり、先程の花は少々出過ぎた真似をしたかもしれない。けれどそれもすべて、ちょう助の美味しい料理を虎之丞に食べてほしかったからだ。
もちろん、虎之丞のちょう助に対する態度と物言いに、腹が立ったということもあるが──。
「そ、それについては、大変申し訳ありませんでした。でも私は、活きあじフライを一口でも召し上がっていただけたらご納得いただけると思って──」
「うるさーいっ!! でも、もへったくれもあるか! 貴様、またお客様であるわしに口答えをしようとしたな!」
また喚き散らし始めた虎之丞を前に、花はどうすることも出来なくなった。
見た目は大柄な人だが、中身はまるで子供だ。
これは確かにぽん太と黒桜が言ったように頑固ジジイ──いや、それ以上の【屁理屈ワガママ爺さん】だった。
「この女を今すぐつまみ出せ! そうでなければ前回のように、つくもの客としてきたわしに無礼を働いた不届き千万な奴がいると常世の神に、直々に物申させてもらう!」
それはつまり、花をクビにしようということか。そうなると花は必然的に地獄行きが決定し、現世に帰れたとしても平穏な日々は送れない。
「す、すみません! それだけはどうか──」
花はなんとか地獄行きだけは避けるため、虎之丞に頭を下げて詫びようとした。
もうこの屁理屈ワガママ爺さんと、まともにやり合おうとするのは無意味だと思ったのだ。
けれど、横から伸びてきた手が謝ろうとした花を制した。
(え……)
花がハッとして顔を上げると八雲の黒曜石のように美しい瞳と目が合う。
思わずゴクリと喉を鳴らして動きを止めると、八雲の瞳はゆっくりと虎之丞へと向けられた。