「小僧が生意気に、何を言っておる! わしは、ここの……登紀子さんの料理を楽しみにやってきとるんだ! それなのに、これはなんだ。こんなものが、わしを満足させてくれるとは到底思えん!! ふざけるなっ!!」

 ピシャリと言ってのけた虎之丞の目は、ちょう助に向けられていた。

「登紀子さんが後任に推したじゃと!? こんな小僧に登紀子さんの代わりが務まるわけがなかろう!」

 そもそも虎之丞の怒りの原因は料理に限ったことではない。
 懇意にしていた登紀子さんがいなくなった。
 その事実が、既に認められるものではなかったのだ。
 虎之丞の顔は怒りで赤く染まっていて、目は見開かれて血走っている。
 まさに般若のような顔つきと、嵐のごとく繰り出される怒号に、ちょう助の肩も頼りなく縮こまった。

「アジフライなど、そんな脂っこいもの食いたいなどと思わんわ! 登紀子さんならば、こんな子供騙しのような料理は絶対に出さんかったはずだ! つくもの料理長が聞いて呆れる! わしは貴様の作った料理など絶対に食べん!」

 ふてぶてしく腕を組み、フンッと鼻を鳴らす虎之丞の態度はこれまでになく横暴だ。
 言っていることは子供のワガママにしか聞こえず、花は思わず下唇を噛んだ。

「お前のようなガキが料理長だなどと、わしは絶対に認めんからな。わかったら今すぐこの不味そうな料理を下げろ! そして小僧は二度と、わしの前に顔を出すな!」

 (いかづち)のようながなり声に、ちょう助の表情が今にも泣き出しそうに歪んでしまう。
 そんなちょう助を見て、虎之丞は満足そうにほくそ笑むと、フンッと鼻を鳴らして腕を組んだ。
 客観的に見れば良い年をした大人が、ワガママを言った子供を怒鳴りつけているふうな画で、完全に萎縮してしまったちょう助は顔色を青くして俯いている。

「そこの女。わかったら、さっさとこの料理を下げんか」

 その虎之丞の態度と理不尽な物言いに、花はまた自分の堪忍袋の尾が切れる音を聞いた。

(いい加減にしてよ──)

 虎之丞が口をつけていない料理の数々は、ちょう助が前日から仕込みをして丹精込めて作り上げた品々だ。
 活きあじフライについてもこの数日間で、ちょう助は夜遅くまで味の微調整をしていたことを、花は知っていた。
 そんなちょう助の努力も想いも、虎之丞は酷いこだわりと偏見で踏みにじったのだ。
 唇を噛み締め、中傷を受け止める小さなちょう助を前に、花は黙っていることなどできるはずもなかった。