「これ、は……」
しかし、花が料理の説明を始めるより先に、いち早く虎之丞が声を上げた。
「これは一体、どういうことだ!?」
虎之丞の声が震えている。
花は背筋を伸ばしたまま一度だけキュッと唇を噛み締めたが、小さく息を吸い込んでから虎之丞の質問に答えた。
「本日のメインは、活きあじフライでございます」
数々の料理の真ん中には、先日ぽん太とちょう助、花の三人で食べた活きあじフライが置かれている。
加えて胡麻の入ったすり鉢とすりこぎも置いてあるのだが、今回はそれだけではなく──、
「つくもの料理長自慢の一品です。付け合せのソースは三種ご用意させていただきました」
花のその言葉の通り、アジフライのそばには三つの小皿が置いてあった。
「ひとつは、すり胡麻とソースを合わせたもの。ふたつ目は新鮮な卵を使ったタルタルソース。そして三つめは熱海産の新鮮な檸檬を使った特性漬けダレです」
もちろん醤油も置いてあるので、正確には四種の味が楽しめる。
それはここ数日でちょう助が悩みに悩んで作り上げた組み合わせでもあった。
花は味見役として既に四種の味を体験しており、四種四様に楽しめる最高の一品であることを知っていた。
「どうぞ、ごゆるりとお召し上がりください」
そう言うと花は、ニッコリと笑ってみせる。
どれも自信を持ってオススメできるものだからこそ、堂々と振る舞える。
「ふ、ふざけるなぁぁああっ‼」
けれどその直後、地鳴りのような怒号が部屋の中に響きわたった。
そして先程とは比にならないほどの力で、虎之丞がドンッッ!!と座卓に拳を下ろす。
「定食屋でもあるまいし、メインがアジフライなどと許されるはずもなかろうが! と、登紀子さんはどうした! どうしてこんなものをメインに持ってきたのか、直接理由を聞かんと気が収まらん!」
取り乱す虎之丞を前に、花は怯みそうになった。
けれど背筋を伸ばしたまま膝の上で拳を握ると、精一杯気丈に振る舞おうと顎を上げる。
「登紀子さんは、もうここには──」
「申し訳ありません。登紀子さんはつい一ヶ月ほど前につくもを退職いたしまして、今はこちらの包丁の付喪神であるちょう助が、つくもの料理長を務めさせていただいております」
そのとき、八雲が花の言葉を切った。
驚いた花が慌てて八雲を見ると、八雲は姿勢を正したまま虎之丞を真っすぐに見据えていた。
「な、なんだと? 登紀子さんが、もうつくもにいない?」
「はい。登紀子さんは長い間つくもに尽くしてくれました。その登紀子さんの申し出で、後任にはこちらのちょう助をと頼まれた次第でございます」
太腿の上に拳を置いて、八雲はちょう助を紹介した。
ちょう助はその八雲に応えるように、畳に手を添えると虎之丞に向かって深々と頭を下げた。
「お……お初にお目にかかります。登紀子さんに代わってつくもの料理長を務めさせていただくことになりました、ちょう助と申します」
僅かに震えてはいたものの、ちょう助の声はとても聞き取りやすかった。
「若輩者ではありますが、つくもの料理長として精一杯務めさせていただく所存です。本日お出しさせていただいたお料理も、真心を込めて作らせていただきました」
言い終えて、ちょう助はゆっくりと顔を上げる。
八雲が纏う濃紺の着物と同じ色の襟のついた、白い和服のコックコートの肩が、ほんの少し震えていた。
それでも背筋をしゃんと伸ばして、自分よりも何倍も大きな身体をした虎之丞と対峙するちょう助は立派だ。
見た目は子供でも、揺るぎない意志が瞳には宿っている。
「虎之丞様は鯵がお好きとお伺いしましたので、本日は熱海港で捕れた新鮮な鯵を使った活きあじフライをどうしてもお召し上がりいただきたいと思い──」
「ええいっ、そんなことは聞きとうないわっ!! 黙れ、黙れぇ、黙れぇいっ!!」
けれど、ちょう助が料理の説明に移った途端に、今度は駄々っ子のような物言いが入った。
ちょう助は声を失くして固まって、花も何が起きたのかわからないといった様子で唖然としてしまう。



