「よしっ! 今はとにかく、このあとのことを考えないと」
そうして花は踵を返すと真っすぐに、ちょう助の待つ厨房へと向かった。
厨房の中ではちょう助と調理器具が忙しく動き回っており、夕食の準備をつつがなく続けていた。
「そろそろ、ご夕食の時間ですが準備はよろしいですか?」
黒桜が花に声を掛けてきたのは、夕食の予定時刻の十五分前だった。
「はい! 大丈夫です!」
元気よく答えた花は、料理の乗ったお盆を手に持ち、虎之丞の部屋まで運ぶ準備を整える。
「前菜、小鉢、お造り、それに鍋物……」
メイン以外を見ても、どれも手の込んだ品ばかりだ。
けれど花ひとりでこの量を一度に運ぶのは難しいため、最低でも三度に分ける必要があった。
「……なぁ。俺も一緒に行くよ」
「え……?」
そのとき、花に声を掛けてきたのはちょう助だ。
驚いた花が顔を上げると、ちょう助は視線を斜め下へと落としたままで言葉を続ける。
「その量、お前ひとりで運ぶのは無理だろ。それに虎之丞さんは常連客だし、きちんと挨拶しておくべきだと思うから」
「ちょう助くん……」
思いもよらないちょう助からの申し出に、花は胸を震わせた。
未だにふたりの間には溝のようなものが存在するが、少なくとも初めて会ったときのような大きな壁はなくなっている。
「ありがとう、ちょう助くん。一緒に運んでもらえたら、すごく助かる──」
「こんなの、ちょちょいのちょいですよ。ハイッ!」
けれど感動も一時のもので、そう言った黒桜がパッと右手を上げると料理の乗ったお盆がすべて、空中へと浮かび上がった。
「私は直接配膳はしませんが、このように間接的に力を貸すことはできますので」
これも付喪神ならではの神術か。ニコニコ顔の黒桜だが、つまるところ虎之丞とは顔を合わせたくないということには違いなかった。
「一緒に運んではくれないんですね?」
「はい。でも配膳のお手伝いはします」
調子の良い黒桜に花は乾いた笑いを零したが、とりあえずこれからは料理の配膳方法で悩むことはなさそうだ。
「……行こうか、ちょう助くん」
そうして花はちょう助と連れ立って、再度虎之丞の待つ、松の間の扉を開けた。
「失礼いたします、お食事の準備が整いましたので、お支度をさせていただきます」
声を掛けてから扉を開けると八雲はまだ部屋の中にいて、ふたりは窓際の席で勝負の真っ最中といった様子だった。
「おお! やっと来たか! 待ちくたびれたぞ!」
勝負の行方はどうだったのか──などということは、恐ろしくて聞けない。
声を上げて飛んできた虎之丞は座卓の前に腰を下ろすと、目を爛々と輝かせて夕食が並べられるのを待っていた。
「では、失礼いたします」
花はプレッシャーに負けそうになりながらも礼をしてから、手順通りに料理の数々を並べていった。
そうしている間に自然な仕草で席を立った八雲は、部屋の隅で膝を折って静かに控えた。
大袈裟に高鳴る鼓動の音だけが耳について、花の手は緊張で震えていた。
(落ち着け……落ち着け、大丈夫……)
先程、虎之丞に雷を落とされたのが効いている。
それでも精一杯平静を保った花は準備を終えると、ちょう助と共に座卓の横に畏まった。



