「え……っ、でも……」
「ここにいても、お前にできることはないだろう。ご夕食の準備が整い次第、また配膳のためにくるように」
「は……はい。わかりました。それでは虎之丞様、失礼いたします……!」
相変わらずの冷たい物言いではあったが、花からするとこれ以上ない天の助けに違いなかった。
慌てて一礼してから部屋を出た花は扉を締めると、足早に虎之丞の部屋の前をあとにする。
その間も、ドッドッドッと押し寄せてくるような心臓の音は鳴り続けていた。
そしてロビーに降りてくるなり花は胸に手をつき、大きく安堵の息を吐き出した。
「は、はぁ……っ。た、助かった……」
八雲が来なければ、退出すべきタイミングを失って、虎之丞に延々と嫌味を言われていたことだろう。
「ま、まさか、助けてくれた……ってわけじゃない、よね?」
たった今自分が降りてきたばかりの階段を見上げた花は、入れ違いで部屋に入っていった八雲の姿を思い浮かべた。
八雲のおかげで助かったのは事実だ。けれどそれが花を助けるためであったかどうかは、花には知る術がない。
(まさか……まさか、ね)
あの八雲のことだ、単純に花の力不足を予想した上で動いたとも想像できる。
虎之丞のもてなしの件で八雲とやり合ったことを思い浮かべた花は、甘い考えを振り払うように頭を振った。
(それにしても……大丈夫なのかな?)
花と入れ替わりで部屋に入った八雲は、あの虎之丞の相手をすることができるのだろうか。
けれど将棋を差すくらいだ。花よりは余程マシなのは間違いない。
「そうだよ。あの人が、助けてくれるわけないしね」
考えてもキリがない。ひとり、モヤモヤとしていた花であったが、頬をパチン!と叩いて再度気合を入れ直した。
今日の一番の見せ場は、このあとの夕食の時間と決まっているのだ。
そこで虎之丞を満足させる一品をお出しすることが、おもてなし成功の鍵を握っているのは確かだった。



