「はじめまして。今日から君の指導係を務める杉下です」
本社で花の指導係になった杉下は、絵に描いたようなエリートイケメン上司だった。
高学歴、高身長。気遣いもできて人当たりもよく、指導も丁寧で容姿端麗とくれば、花でなくとも恋に落ちるのは簡単だ。
(これは、上司という名の相棒が杉下さんなだけに某有名な刑事ドラマ……ではなく、何かの恋愛ドラマのはじまり?)
そして期待を裏切らず、呆気なく杉下という名の恋の罠に嵌った花は出向からわずか三週間で、ふたりで食事に出掛けるまでの仲に進展した。
『……今日は、朝まで帰さない』
杉下からそんな甘いセリフを吐かれたのは、花が本社勤務になってから、ちょうど四十九日を迎えた頃だった。
憧れの上司である杉下と手を繋ぎ、夜のホテル街を闊歩する花の緊張は言うまでもなく最高潮。
これまで男っ気のなかった花にとっては、すべてが初めての経験だった。
(だけど相手が、杉下さんなら……)
花は、すべてを杉下に捧げる覚悟を決めていた。
しかし、今になって思えばあまりにトントン拍子に事が運び過ぎていたのだ。
挙げ句の果てには、この時点で花は杉下に告白すらされていなかったのだが、恋に浮かれる純情乙女に冷静かつ客観的な判断は難しい。
「──アンタ、なに人の旦那とラブホテルに湿気こもうとしてんのよ‼」
そして結果として、花は地獄を見ることになった。
天国から地獄とは正にこのことだ。
花は杉下とホテルに入ろうとしたところを、突然背後から張り倒され、受け身を取る間もなく地べたに勢い良く転がった。