「あ、あのっ、申し訳ありません。私、何かお気に触ることを──」
「言ったぞ! 今言った! わしはなっ、ここに来たらまずは飯を食うと決めとるんじゃ! 風呂は二の次三の次、一番の楽しみの前に風呂など入るわけがなかろうが!!」
「……っ、」
花は咄嗟に謝罪の言葉を口にしたが、被せるように怒鳴られ肩を揺らして固まった。
続く言葉を必死に頭の中で探したが、虎之丞の般若のような顔を見たら焦りばかりが募って返事すらもできそうにない。
「いいかっ、娘! 八雲の嫁候補か何か知らんが、お前なんぞ、わしの力でどうとでもできるんじゃ! お前が次にすることは、飯を運んでくることだ! それ以外ではお前にできることはないと思え!」
まるで雷を落とされたようだ。それでも尚、虎之丞の勢いは止まらず、忙しなく口は動き続けて花に向かって怒号を飛ばした。
「たかが人風情の小娘が、数百年を生きる付喪神であるわしを簡単にもてなせると思うな! 思い上がりも甚だしいわ!! 貴様など取るに足らないものだと思え!!」
ピシャリと言い捨てた虎之丞は、不機嫌そうに腕を組んで鼻を鳴らした。
花は身体を強張らせたまま、言葉を発することもできずにギュッと膝の上で拳を握った。
(私はただ、夕食までにはまだ時間があるから、先に温泉をどうぞと勧めただけなのに……)
あまりに理不尽な虎之丞の物言いに、心の中で反論をしたが、声に出すことは叶わない。
「ほ、本当に申し訳ありませんでした……っ」
なんとか震える息を吐き出して謝罪の言葉を口にした花だが、このまま部屋を出ていって良いものかどうかもわからなかった。
(ど、どうしよう……。一体、どうすればいいの?)
花の心臓はバクバクと大袈裟な音を立てて高鳴っている。
また何か下手なことをして、虎之丞に揚げ足を取られるようなことがあってはいけない。
「……失礼いたします。虎之丞様、八雲でございます」
と、そのとき、不意に部屋の扉の向こうから声がかけられた。
ハッとして花が顔を上げると、虎之丞が「なんじゃ」と不機嫌そうに声の主へと返事を投げる。
「夕食のお支度が整うまでまだ時間がございますので、将棋の手合わせを願いたくやって参りました」
扉の向こうにいる八雲はそう言うと、虎之丞の返事を待った。
ふたりの間に挟まれている花は内心ヒヤヒヤしながらも、タイミングよく現れた八雲に心底救われた思いがした。
「ふむ……将棋か。まぁいいだろう、入ってこい」
「ありがとうございます」
虎之丞の返事を聞いて部屋に入ってきた八雲の手には、木目の美しい将棋盤と駒箱が持たれていた。
咄嗟に道を開けた花が手に汗握って八雲の顔を見つめると、八雲は花を一瞥したのち虎之丞へと視線を戻した。
「ふんっ、またわしに負かされに来るとは、お主も懲りないやつよのぅ」
「どうかお手柔らかにお願いいたします」
まつ毛を伏せた八雲の均整のとれた横顔は、緊迫した状況でも溜め息の出そうなほど端正で、美しかった。
そして静かに歩き出した八雲はすれ違いざま、「下がれ」と花に命令をする。



