「ヤバイです、活きあじフライ、美味しすぎます……!」
絶賛する花の向かいで、ちょう助が「醤油も美味いな」と頷いている。
「フォッフォッ、ふたりとも満足そうで何よりじゃ。ああ……そういえば、週末に来る虎之丞も鯵が好物とのことじゃったのぅ……」
「あ……」
ぽん太の言葉にハッと我に返った花は、箸を止めてぽん太を見つめた。
(そうだ、そうだった……!)
すっかり熱海観光気分になっていて、虎之丞のことを忘れていた。
「……そういえば、前に登紀子さんもそんなこと言ってたな。虎之丞さんが来るときは、新鮮な鯵を仕入れておくんだ……って」
やはりつくもの前料理長であった登紀子さんも、虎之丞攻略のために好物の鯵を使っていたのだ。
「だから登紀子さんはよく、鯵の活き造りや鯵のタタキ、なめろうを出していたけど……。俺の知る限りでは、活きあじフライは出したことがなかったはずだ」
ちょう助の言葉に目を丸くした花は、思わずゴクリと喉を鳴らした。
「じゃ、じゃあ、週末は活きあじフライをメインにした御膳を出して、虎之丞さんをおもてなしするっていうのはどうかな⁉」
花の提案に、ぽん太は「ほぅ」と目を見開いて、ちょう助も改めて考え込むような仕草を見せる。
「確かに、それなら虎之丞さんにも喜んでもらえるかもしれないけど……。でも、俺に登紀子さんの作る料理の味を超えられるかが問題で……」
「超えられるよ!」
「え……」
「というか、超えられるか超えられないかじゃなくて、ちょう助くんはちょう助くんらしい料理を出して虎之丞さんをおもてなしすればいいんだよ!」
まるで自分のことのように胸を張った花は、相変わらず目を輝かせてちょう助を見つめる。
「ちょう助くんの作る料理が最高に美味しいってこと、私はよく知ってるもん。だから絶対大丈夫! ちょう助くんの作った活きあじフライなら、頑固な虎之丞さんを満足させてあげられるに決まってる!」
断言した花を前に、ちょう助は一瞬固まったあとでフイッと視線を下へと逸らした。
仮にもちょう助は花を袖にしていたのだ。それなのにどうして花は自分を励ますようなことを言ってくれるのか……ちょう助の心は動揺で揺れていた。
「……っ、なんだよそれっ。なんでお前がそんなに自信満々なんだよ」
「ふふっ、そして私も、ちょう助くんの作った活きあじフライにあやかれるんじゃないかと期待もしてます」
調子の良い花はそう言うと、半分にしたあじフライを頬張った。
その花の様子を横目で見ながら、ちょう助は改めて自身のあじフライへと目を落とす。
「……ほんと、変なやつ」
ぽつりと言ったちょう助の言葉が、花の耳に届くことはない。
代わりにちょう助の隣で声を拾ったぽん太は味噌汁に口をつけたあと、ひとり静かに微笑んだ。
♨ ♨ ♨
「よし……っ、準備完了……!」
迎えた週末は、晴天に恵まれた一日となった。
手入れの行き届いた庭には陽が差して、池の水の上では光の粒が煌めいている。
もてなしの準備を終え、前掛けの腰紐を結び直した花は、そわそわしながら玄関ホールを右往左往した。
「予定では、そろそろいらっしゃる時間かと」
黒桜も、いつもの飄々とした態度は鳴りを潜めて、どこか落ち着かない様子だった。
何度か予約時間をチェックする仕草を見せて、八雲にこのあとの段取りについて念入りに確認する徹底ぶりだ。



