「肉厚のアジフライ……」
時刻は午後の一時半を回ったところだ。
考えてみれば昼食も食べずにつくもを出てきた花の腹事情は、空腹を訴えていた。
「ふむ、アジフライか。ええのぅ」
「てんすけ茶屋って、今のふたりは言ってましたよ……! そこのアジフライが美味しかったって!」
地獄行きのかかっている地獄耳の花だ、と、ぽん太は思った。
しかし目をキラキラと輝かせる花にそんなことを言うのは野暮だと思い、口を噤む。
「てんすけ茶屋って名前も、なんだかちょう助くんとご縁があるし!」
「……そこ?」
最早、花の頭の中はアジフライ一色になっていた。
花より団子、観光よりアジフライである。
「まぁ、その地の食べ物を楽しむのも、観光の醍醐味じゃしの」
「……活きあじフライは、熱海の定番料理のひとつですしね。海産物が豊富な熱海ならではの新鮮なアジフライは、絶品だと俺も思うよ」
梅もなかの最後の一口を食べ終えたちょう助も、納得の様子で頷いた。
(絶品のアジフライ……)
またゴクリと喉を鳴らした花は、頭の中でアジフライの揚がる様子を想像した。
「よし。それじゃあ次は、その"てんすけ茶屋"で腹ごしらえといこうかの」
「大賛成ですっ‼」
思わず飛び跳ねた花を見て、ぽん太はフォッフォッと笑ったあとで甘酒を喉の奥へと流しこむ。
そんなふたりを横目で見るちょう助は、ふぅ、と小さく息を吐き、「仕方がないなぁ」と溢して立ち上がった。
♨ ♨ ♨
「てんすけ茶屋って熱海サンビーチの近くだったんですね」
目的地のてんすけ茶屋までは、ぽん太の抜け穴ではなくバスを乗り継いでやってきた。
花が住んでいた都心に比べバスの本数は少ないが、こうした移動時間も旅の醍醐味のひとつとぽん太が進言したためだ。
実際、ぽん太の言葉の通り、初めて見る昼間の熱海の街並みは、花の目には新鮮だった。
「というか、景色もすごいですね……。まさかここから、熱海サンビーチを一望できるとは思いませんでした」
てんすけ茶屋は、海沿いに建つ立派な外観をした食事処だった。
通された座敷の席は大きな窓に沿っていて、抜群の景観を誇っている。
これなら目当てのアジフライを待つ間も、景色を堪能できるというわけだ。
結果として『昼間の熱海サンビーチを訪れる』という観光目的まで叶えてくれて、花はようやくあの夜の寂しく寒い思い出を塗り替えられたような気がした。



