「ほれ、もうわかったら行くぞ、花にちょう助。熱海梅園内は広いでな、時間に余裕を持ちつつ梅の花と景色を鑑賞するのがオススメなんじゃ!」
大してこちらはどこから出したのか、現世の紙幣を使い、堂々とチケットを買って闊歩する姿はさながら水戸黄門様のようだった。
思わずクスリと笑った花は、慌ててぽん太の背中を追いかける。
「ほら、ちょう助くんも、早く行こう!」
なかなか歩きだそうとしないちょう助に、花が声をかけると、ちょう助は眉根を寄せてそっぽを向いた。
「ちょう助くん?」
「お前って……変なやつだな」
「え?」
唐突な言葉に花は足を止めて目を丸くする。
「ただの人のくせに、俺たち付喪神にやけに馴れ馴れしいし……。なんていうか、神経がだいぶ図太いというか、鈍いっていうか……。とにかく、すごく変なやつだ」
そう言うと、ちょう助は前を向いて歩き出した。そんなちょう助の小さな背中を、花は静かに視線だけで追いかけた。
ちょう助の耳には、ほんのりと梅の花のような淡い赤が差している。それに気づいてしまえば、たった今吐かれた毒にも、不思議と嫌な気持ちは湧いてこない。
「ふふ……っ」
「ほーれ! 早くしないと置いていくぞい!」
「わっ、待ってください!」
反対に、弾む鼓動が花の顔を綻ばせた。
待ちくたびれているぽん太とちょう助を追い掛けた花の足も、いつになく軽やかだった。
♨ ♨ ♨
「ん~~~……っ、美味しいっ」
広い熱海梅園内を散策し終えた三人は、園内に備え付けられたベンチの上で一休みをしていた。
花が頬張っているのは、園内の売店で買った『梅もなか』である。
「この甘酸っぱい梅餡と、サクッとした皮が絶妙〜っ!」
梅の花の形をしたピンク色の皮も、梅園に咲く見事な梅の花と一緒に撮れば、今で言うSNS映え間違いなしというものだろう。
「ほんに花は、美味そうに食べるのぅ」
「だって本当に美味しいんですもん! あ、ぽん太さんが飲んでる甘酒も美味しそうですね」
「ふむ、見事な梅の花を眺めながら呑む甘酒は、いつの時代でも風流じゃよ」
紙コップに入った甘酒を呑みながら、のほほんと梅を眺めるぽん太は背中を丸めた。
百年以上を生きる付喪神のぽん太はもう何度、ここでこうして甘酒片手に梅を眺めてきたのだろう。
「それで……次はどこに行くんだよ」
花とは色違いの焦色の梅もなかを食べ終えたちょう助が、相変わらずの仏頂面でふたりに尋ねた。
花がハッとして顔を上げると、隣のぽん太はズズッと甘酒を一口啜った。
「どこって……ふぅむ、どこにするかのぅ」
顎髭を撫でながら、ぽん太が宙を仰ぐ。
「まだ桜にはちと早すぎるしのぅ。それなら海か……とも思うが、花は既に熱海サンビーチには行ったことがあるしのぅ」
ふむ、と考え込むぽん太を見て、花はあれは観光に入るのか?と、首を傾げた。
けれど言われてみると確かに、せっかくならまだ一度も行ってない場所やものに触れてみたいという欲も出る。
「ねぇねぇ、さっき食べたアジフライ、すごく美味しかったね〜」
「身も厚くて食べ応えあったよな。"てんすけ茶屋"、行って正解だったよな」
そのとき、先程のクシャミカップルが三人の前を通り掛かった。
ふたりの会話を耳にした花は、思わずゴクリと喉を鳴らす。



