「そう考えると私って、ほんとに相当貴重な体験してるんだなぁ」
「……は?」
「あ……ご、ごめんね。でもなんか今、改めてちょう助くんの話を聞いたら、自分はすごく良い経験させてもらってるんじゃないかって思って……」
花の言葉に、ちょう助が意外そうに目を見開いた。
「熱海梅園にだって、つくもに行ってなければ一生来れなかったかもしれないし。そう考えるとつくも様々だなぁとかも思ったりして、ふふっ。私、変だよね」
しみじみと言う花はクスリと笑うと、改めて紅白に染まる梅花を眺めた。
そんな花の真意を探るように見るちょう助は、花を見つめたままで口を開く。
「一生って……大袈裟だろ。俺達、付喪神はそんなに気楽に現世をウロウロはできないけど……。お前は人なんだから、梅園でもどこでも来ようと思えば来られるはずだし、いつでも行きたいところに行けるはずだ」
ちょう助の言うことは最もだ。人である花はちょう助たち付喪神とは違い、気兼ねなくあちこちを見て回れる立場にいる。
「お前たち人は、綺麗なものも美味しいものも、これからいくらでも見られるし食べられる。どうせ、これまでだってそうだったんだろ? お前は俺達とは違う"人"だから、現世では……自由に動き回れるだろ」
どこか投げやりな口調でそう言ったちょう助は、フイと視線を逸してしまった。
今のちょう助の物言いに花は引っ掛かりを感じたが、掘り下げて聞けるほど、ちょう助に心を許してもらえていないことは嫌というほどわかっていた。
「だからつくもを辞めたら、またここに来ればいいだけの話だろ?」
「うん、確かにちょう助くんの言うとおり、一生っていうのは少し大袈裟だったかも。でも……来ようと思えばいつでも来られるって思うからこそ、一生来られなかったりすることもあるんだよね」
「……は?」
吐く息が白い。花は、困ったような笑みを浮かべてちょう助を見つめた。
対してちょう助は、意味がわからないといった様子で花の顔をジッと見ている。
「ほら、行こうと思えばいつでも行けるから今はいいやとか、人ってつい、そんなふうに考えがちなんだよねぇ」
苦笑いを溢した花は口元に手を当て、ふぅと長い息を吹きかけた。
本社出向になった花が初めて本社で上司の杉下と会ったのは、まだ冬が始まる前だった。
それなのに気がつけば年を越し、こうして梅の花を見られる頃を迎えているのだ。
年の瀬が近づくたびに、「今年ももう終わりかぁ」なんてお決まりの言葉を吐き、年が明けたらまた同じように過ぎる淡々とした日々を繰り返す。
「"行こうと思えばいつでも行ける"って思いながら、結局行かない場所のほうが多いんだよね」
そうしてこれまで忘れてきた場所は、一体どれだけあるだろう。
「だから、ぽん太さんがここに来る前に行ったとおりで、"思い立ったが吉日"ってすごく大切だなって思った。先延ばしにしても、成し遂げられないことのほうが圧倒的に多いもん」
ふふっと苦笑いを溢した花は、冷たい指先で頬をかいた。
「そんなわけで実は私、色々とタイミング逃しまくりで……。学生時代の行事以外で、今日みたいに観光地を巡るのは初めてなんだ」
「は……? 嘘だろ?」
「これが残念ながら嘘じゃなくって。私、子供の頃、家がすごーく貧乏でね。だから子供時代は家族で旅行なんて贅沢はできなかったし、学生時代はバイトばっかりで、友達と卒業旅行に行ったりもできないまま今に至るの」
花の告白に、ちょう助が驚いて目を見開く。
学生時代の花は社会人になって落ち着いたら、また改めて友人たちとは旅行でもなんでも行けばいいと思っていたが、結局それも叶えらないままなのだ。
「社会人になってからも、たまの休みは疲れてるから家でグダグダしちゃってさ。観光旅行なんて夢のまた夢だったんだ。だから、こういうところに来るのは初めてで、実は今、すごーくすごくワクワクしてる!」
そう言って、花は空に向かって伸びをした。
紅白に咲き誇る見事な梅は、見る人の目を梅園の奥まで誘うように延々と続いている。
「貧乏だったって……、そんなにどこにも行けないくらいだったのかよ?」
「まぁ、命の危険は感じたことはなかったから、言ってもそこまでじゃなかったのかもしれないけど。でも、ものを買ってもらうのも簡単じゃなかったから、子供の頃はよく消しゴムが小さくなるまで使ったりして、クラスメイトにはからかわれてたよ〜」
花がカラカラと笑って答えると、ちょう助は意外そうに目を見開いた。
「でも、お父さんには感謝してるの。大学も国公立限定!って厳しく言われてたけど行かせてもらえたし、私の教育費を貯めるために、男手ひとつで私を育てながら、深夜のバイトまでしてくれてたから」
「男手ひとつで……」
明るく言う花を前に、ちょう助は複雑そうな顔をした。
そんなちょう助の顔色の変化に気づいた花は、また満面の笑みを浮かべると、敢えて明るく振る舞ってみせた。
「そんなわけで、熱海梅園! めちゃくちゃ楽しみです!」
「ふむふむ。では、五十九品種、四百七十二本の梅の木からなるここ、熱海梅園は、花の記念すべき観光スポット巡りの第一弾というわけじゃな」
フォッフォッと笑うぽん太もそんな花の思いを汲むように、話の筋を戻してくれた。
「ですね。でも五十九品種に四百七十二本の梅の木って……なんだかぽん太さん、さっきから色々詳しすぎませんか?」
「そりゃそうじゃ。わしは、大昔からここ熱海にいるでの。誰よりも熱海の地に詳しいたぬきじゃという自負がある!」
老人の姿で胸を張ったぽん太は、むん!と誇らしげに鼻を鳴らすと、改めて梅園の入口へと目をやった。
なるほど、よく人に化けて現世に遊びに来るというのは事実らしい。
もしかしたらそこを歩く老人も付喪神なのでは……?と花は入口に目をやったが、こちらのように怪しいところは見つからなかった。



